小説

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「んー…」

布団の中で、こやけは寝返りを打つ。そして目を開けると、すぐ近くに端整な男の顔があった。

「きやああああああ!!!!」

こやけはびっくりしてベッドから落ちた。


から醒めた夢 #2



「これで何度目だ」

氷水の入った袋を手渡しながら、ゆうやけは言った。

「…6回目デス」
「7回目だ、阿呆。人の顔見て悲鳴を上げるな」

こやけは袋を頭に乗せる。

「だって…目開けたら顔が目の前にあるから…」
「しょうがないだろ。あんまり人を呼んだりしないから、来客用の布団がないんだ」
「分かってるけど…」
「もう少し待ってくれ。今度のオフに買いに行くから」

それを聞いて、こやけは慌てる。

「い、いやっそんなに長居する訳じゃないんだし、そんな気を使ってくれなくても…」
「じゃあ慣れてくれ」
「はい…」

こやけは下を向いた。そして少しして呟く。

「…ここに来てから1週間かあ…」
「…そうだな。まだバイト決まらないのか」
「うっ」

こやけは視線を泳がせる。ゆうやけが眉をひそめた。

「…ちゃんと探してるのか?」
「さっ探してるよっっ!! でも、なかなか…」

声が段々小さくなっていく。ゆうやけは溜め息を吐いた。

「まあ合わなくてすぐやめるよりはじっくり選んだ方がいいとは思うが…限度があるからな」
「…ハイ」
「それと、昨日遅くまで仕事があって疲れてるんだ。頼むから寝かせてくれ」

ゆうやけは机の上にこやけの朝食を置く。

「あ…ごめんなさい」
「食べたらバイト探しに行け。鍵忘れんなよ。俺は寝直す」
「今日は昼からなんだっけ?」
「ああ」

ゆうやけはベッドに戻り、布団を被った。

「……」

こやけは1人で朝食を食べ始める。ここに来て1週間。一緒に住んでいるのに、一緒に住んでいる気がしない。ゆうやけとこやけの生活サイクルが合っていないからというのもあるがそれよりも、ゆうやけの態度が冷たい気がするのだ。

(まあ出会って1週間しか経ってない女が自分の家に居座ってるんだし、当然か…)

朝食を食べ終えたこやけは、食器を流しに置いて家を出る。こやけがやるのはそこまででいいと、ゆうやけに言われている。要するに、洗うなということだ。何故ゆうやけがそこまで、他人にキッチンを使わせることを拒むのかは分からないが、家の主にそう言われては従わざるを得ない。

「私やっぱり…嫌がられてるのかな…」

エレベーターに乗り1階を押して、こやけは溜め息を吐いた。

「なんか私にできることってないかなあ…」

呟いていると、8階で背の高い女が乗ってきた。女はこやけの隣に立つと、チラリとこちらを見る。

「あなた…祐也の知り合い?」

そして唐突に言った。

「…え?」

こやけは驚いて女を見る。モデルかなにかしていそうな美しい女だ。

「祐也よ。原祐也」

女は再度言った。

「ああ…」

こやけは迷った。素直に知っていると言うべきか、それとも知らないと言うか。そのとき、ゆうやけが最初の日に言ったことを思い出した。

“バレなきゃいいだろ”

そうだ。バレてはいけない。ましてバラすなど以ての外だ。

「…いいえ。知り合い、ではないです」

こやけが言うと、女はホッとしたような表情になった。

「そう…ごめんなさい突然変なこと訊いて。祐也がつけてる香水の匂いがしたから…」
「原祐也…さんと、仲良いんですか?」
「え? まあね。何度か共演もしてるし」

女は言う。ゆうやけと共演、ということは、やはり彼女も芸能人だったのだ。このマンションにはきっと他にも芸能人が住んでいるのだろう。自分は今そんなところに住んでいるのだ。こやけは急に緊張する。それと同時にワクワクした。

「これから…お仕事ですか?」
「ええ。来週の火曜から始まるドラマの撮影でね。もうすぐクランクアップなの」
「へえ。頑張ってくださいね」
「ありがとう。是非視てね」
「はい」

1階に着くと、女は先にエレベーターを降りていった。こやけもマンションを出、求人雑誌を見ながらバイトを探す。早くバイトを見つけて家を出ることが、ゆうやけの為にできることだと思った。





走って家に戻る。早くゆうやけに知らせたかった。伝えたら、きっとホッとしたような表情をしてくれる。喜んでくれるはずだ。15階に着いて、1番端の部屋まで走る。ドアノブに手をかけるが、鍵は開いていなかった。こやけは呼吸を整える。

「……そうだよね…まだ帰ってないよね…」

呟いて鍵を開け、中に入る。主のいないその部屋は、とても広かった。

「今日は何時に帰ってくるんだっけ…」

こやけは呟く。疲れて帰ってくるゆうやけの為に、ご飯を作って待っていることさえできない。自分でご飯を作って先に済ませておくこともできない。自分は彼の何なんだろう、と考えて、ただの居候だと思い出す。そうだ。あの時ゆうやけが声をかけずに通り過ぎていれば、出会うこともなかったし恐らくは知ることもなかった相手なのだ。こやけはソファに座ってボーっとしていた。



玄関から音がする。やがて足音がこちらに向かってきた。部屋が急に明るくなる。

「どうしたんだ。電気もつけないで」

声のした方をゆっくりと見る。ゆうやけが立っていた。

「あ…お帰りなさい」
「ああ…ただいま」

ゆうやけはそれだけ言うと自分の部屋に向かう。部屋着に着替えて戻ってくると、こやけの隣に座った。

「で、どうしたんだ」

ゆうやけが前を向いたまま言う。いつもはそんなこと聞いてきたりはしないのだが。

「あ…バイト、決まったよ」
「…そっか」
「少しお金貯まって…家、決まったら、出てくから」
「ああ…」

ゆうやけはそれきり何も言わない。こやけが横目でゆうやけを見ると、ゆうやけは複雑そうな表情で俯いていた。こやけは予想外の反応に目を丸くする。

「あ…そ、それとね! 今日出かけるとき、ゆうやけさんのこと知ってる人に会ったよ! すっごくキレイな人! 共演したことあるって言ってた!」

空気を変えようと、こやけは話題を新しくした。

「…共演? 誰だ?」

ゆうやけは眉をひそめる。

「え…分かんない。私芸能人よく知らないから…8階から乗ってきたよ」
「8階…美空か」
「みくう?」
「美しい空で美空。肥田木美空。結構有名な女優だぞ?」
「へえ…知らないや」
「本名は同じ字で“みく”とか言ってたな」
「本名…あの人、ゆうやけさんの本名知らないの?」

こやけはゆうやけの方を向く。ゆうやけもこやけを見た。

「ん? 何でだ?」
「いや…あの人ゆうやけさんのこと、祐也って呼んでたから…」
「まあ知ってても普通第三者に本名は言わないと思うが…教えてないな」
「…どうして私には教えてくれたの?」

こやけが尋ねると、ゆうやけは立ち上がってキッチンへ向かった。

「夕飯、作らないとな」
「ええっ」
「テレビでも見てろ」
「……」

こやけは大人しくテレビをつけ、不満そうに見始める。

「……お前は特別だ」

ゆうやけが呟いた。

「え? 何か言った?」

こやけはゆうやけの方を向く。

「何も言ってない」
「…ふーん」

こやけはテレビの方に向き直る。そして微笑んだ。

(2回言わせようと思ったんだけど…やっぱ無理か)




聞こえてたことは黙っておこう。


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