小説3

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「村木さん6番テーブルにこれ運んで!」
「はい!」
「すいませーん」
「少々お待ちくださーい!」



から醒めた夢 #3



「はあー…ファミレスって結構忙しいなあ…」

こやけは歩きながら溜め息を吐いた。バイトを始めて5日。今日は午前中のみのシフトだったので、午後からは家探しだった。

「安くてーすぐ入れてーある程度の広さがあればいいかなー…」

とりあえずはゆうやけの家を出ることが最優先事項だった。こやけは幾つか不動産屋を回り、資料を貰って家で見ることにした。






「あ、ここなんか良さそう」

こやけが1人で貰ってきた資料を見ていると、玄関から物音がした。すぐにゆうやけがリビングに入ってくる。

「あ、お帰りなさい!」
「ああ、ただいま」

ゆうやけはそれだけ言って、そのままクローゼットの方へ向かった。

「何見てるんだ?」

部屋着に着替えたゆうやけが、戻ってきてテーブルの上を覗き込む。

「家の資料! 今日不動産屋さんに行って貰ってきたの」
「…ふぅん」
「ねぇっ、ここなんか良いと思わない?」
「どれ?」

こやけは物件の1つを指差した。ゆうやけは座って資料を見る。

「…駄目だ」
「えっ?」
「1階じゃないか」
「えぇ!? 1階ダメなの!?」

こやけは驚く。一体何を言い出すかと思えば。

「1階は危ないだろ。不審者が入ってきやすいし、洗濯物を盗られる可能性だってある。女の独り暮らしで1階は駄目だ」
「じゃっ、じゃあこれは!? 3階だよ!?」
「あー…これは…これも駄目だ。オートロックじゃない」
「オートロック!?」

こやけは再び驚いた。だからこの人は何を言い出すんだ。

「オートロックじゃないと不審者が入ってき放題じゃないか」
「いやちょっと待ってよ! オートロック付きなんて高いとこ住める訳ないじゃん!! 収入源バイトしかないんだよ!?」
「でも、危ないだろう」
「そんなの私が気を付ければいいことじゃん!!」
「気を付けてたって防げない犯罪だってあるじゃないか。東京は危険なんだぞ? 用心にこしたことはない」
「だから用心する金がないって言ってんじゃん!! ゆうやけさんは金持ちだから分かんないかもしれないけど!!」

そこまで言って、こやけは口を噤んだ。言わなくていいことまで言ってしまった。

「…ごめん、なさい」
「…そこまでして、」
「え?」

こやけは顔を上げてゆうやけを見た。ゆうやけは目線を下にして続ける。

「そこまでして出て行く理由があるのか」
「は…?」

こやけは思わず聞き返す。ゆうやけが何と言ったのか理解できなかった。

「そこまでして出て行きたいのか?」
「え、えっ? どういう意味…?」
「出て行かなくていいんじゃないか…?」
「っえ、えぇぇ!? な、なな何を…! だって、ゆうやけさんが、家が決まるまでって…!」

こやけがそこまで言うと、ゆうやけはテーブルにうつ伏せた。

「…前言撤回する」
「へ…?」

読めないゆうやけの発言に、こやけは気の抜けた言葉を返す。ゆうやけは何も言わない。

「…いて、いいんですか?」
「……」
「ここにいて、いいんですか…?」
「…ああ」
「迷惑じゃ…ないんですか…?」
「…別に迷惑じゃない」
「…だってゆうやけさん、いつも私がいると迷惑そうで…」

こやけは小さく言った。
ここにきてから初めて知った“原祐也”という芸能人は、爽やかな笑顔と甘いボイスを売りにしている俳優だった。彼が街中のディスプレイに映っていると、若い女の子達から主婦らしき人達までキャーキャーと携帯を取り出して写真を撮る。しかし家にいるゆうやけがそんな風に爽やかに笑うのは見たことがなかった。
むしろ無愛想だし、こやけと接するときには刺々しささえあった。それは自分が家にいるのが迷惑だからなのだとばかり思っていたが。

「迷惑そうになんてしてない」
「え…?」
「迷惑だったら何度も叫ばれてそれでも同じベッドで寝ようなんて思わない。何が何でも布団買ってくる」
「はあ…」
「迷惑だったら、引き止めたりしない」
「……どうして」
「………………………………んだ」

ゆうやけが小さな声で呟くので、前が聞こえなかった。

「え?」

こやけは聞き返す。

「…お前がいると、安心するんだ」

またしても小さい声だったが、今度はしっかりと聞こえた。こやけは一瞬静止する。

「っえ!!?」

そしてようやく言葉の意味を理解した。段々自分の体温が上がっていくのが分かる。何を言うんだと再びゆうやけを見れば、ゆうやけの耳は真っ赤に染まっていた。

「ゆうやけさん…」
「うっうるさい!」
「いやうるさいってまだ呼んだだけ…」
「うるさいうるさい! ふっ風呂だっ風呂入ってくるっ」

言いながらゆうやけは洗面所へ歩いていった。その後ろ姿が何だか格好悪くて、つい笑ってしまう。

「あっお前今笑っただろっ!」
「えぇ嘘っ!? ゆうやけさん地獄耳!!」

そう叫んだあと、テーブルに残された不動産の資料を見て、こやけは微笑んだ。




ごみはごみ箱へ。


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