小説5

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「まあ可愛らしい子」
「どうしてこんなところに…」
「さあ、私達のところへいらっしゃい」



Feind 1



「ユーリー! 出かけるわよー!」
「はーい!」

返事をして、ユーリ・ブルームは階段を駆け降りる。彼女は父ダリオン、母エリシアと幸せに暮らす18歳の少女だった。そして今日は、ユーリの19歳の誕生日だ。

「そんなに急がなくても馬車は逃げないわよ」
「だって楽しみなんだもの」

ドレスの裾を持ち上げ、馬車に乗り込む。今日が幸せな誕生日になることは疑いようがなかった。




「誕生日おめでとう! ユーリ」

豪華なディナーを前にして、ダリオンとエリシアは娘に言う。

「ありがとう。お父様、お母様」

ユーリも笑顔で返した。

「ユーリも今年で19か。立派になったものだ」

グラスのワインを飲み干し、ダリオンが言う。

「本当に。これからが楽しみね」

エリシアも微笑んで言った。

「お父様もお母様も大袈裟よ。私はブルーム家の跡取り娘として当然のことをしているだけだわ」
「いや、お前は本当に立派にやってくれている。これで我がブルーム家も安泰というものだ」
「あとはユーリが、ブルーム家に相応しい婿を見つけてくれればね」

エリシアが意地悪く笑うと、ダリオンは慌て出す。

「エリシア…! それはまだ早いだろう」
「あら、そんなことないわよね? 娘を嫁にやりたくないだけじゃないの?」
「エリシア…!」
「ふふふ、心配しないでお父様。私は結婚してもブルーム家から出て行ったりしないわ」

優しく温かい両親に囲まれ、ユーリは幸せそうに笑った。





家族での食事を終え、3人は邸宅へと戻ってきた。玄関の灯りをつけ、目を見開く。

「なっ…なんだこれは!」

ダリオンが叫ぶ。屋敷の中は滅茶苦茶だった。植物は倒れ、灯りは壊れ、花瓶は割れ、書類が辺りに散らばっている。更には人の足跡があちこちについていた。

「一体、誰が…」

エリシアが呟く。すると突然、ダリオンが足跡の向かう方へ走り出した。

「ダリオン!」
「お父様!」

2人もあとを追う。するとダリオンがリビングの中央で立ち止まっているのが見えた。2人がダリオンの足元を見ると、足跡はそこで終わっている。

「一体、何処へ…」

すると。3人の上からキィ…キィ…と音がし出した。3人はバッと上を見る。汚らしい布切れのような服を着た若い女が、シャンデリアにしがみついて揺らしていた。

「お前ッ…」

何かを言いかけたダリオンの上に、女はシャンデリアごと落ちてきた。ダリオンはそのままシャンデリアの下敷きになる。

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

シャンデリアの下からジワジワと血が流れ出てくる。2人はその光景に悲鳴をあげた。

「お前か、私の大事な娘を攫ったのは」

女はエリシアを睨みながら言う。驚いたことに、女はユーリにそっくりだった。

「は…?」

エリシアは突然のことに言葉が出ない。次の瞬間、女は割れたシャンデリアの破片でエリシアの頸動脈を裂いた。勢いよく血が溢れ出し、女とユーリにかかる。エリシアは後ろに倒れ、動かなくなった。

「お…母様…?」

ユーリはやっとの思いで呟く。すると女が、ユーリの前に立った。

「あ、あ、ああ…いや、ごめんなさい、助けて、助けて…!」

ユーリは腰を抜かしてその場に座り込み、震えながら後退る。すると女がユーリに襲いかかってきた。

「いやあああああああああああああ!!!!」

ユーリは思わず叫ぶ。しかし次の瞬間、ユーリは女に抱き締められていた。ユーリは目を見開く。何が起きているのか分からなかった。

「へ…?」
「明子…! 捜したわ…!」

ユーリを抱き締めながら女が言う。ユーリは喋れなかった。女はユーリから離れる。

「今まで大丈夫だった? 遅くなって本当にごめんなさいね…!」

女がユーリの頬に触れて言った。ユーリはやっとの思いで口を開いた。

「…あ、あなた…誰、ですか…?」

すると女はきょとんとする。とても先程までの猟奇的な女と同一人物とは思えない。

「何、言ってるの? 貴女のママよ。貴女を迎えに来たの」

女はユーリを見て言った。意味は分からないが、とりあえずは会話のできる相手だと分かって少し安堵した。

「ママ…? 何言ってるんですか、私の母はこの…人です」

ユーリはエリシアを指し、視界に入った無惨な母親の姿に再び視線を逸らした。

「いいえ、明子。コイツらは16年前、私から貴女を攫っていったのよ。私が明子の本当のママよ」

目の前の女はユーリの両肩に手を置いて言う。訳が分からなかった。女はどう見ても、ユーリと同い年ぐらいなのだ。

「は…16年前、って…あなたもまだ、子供でしょう? あなたが私の親な訳…それに私、メイコなんて名前じゃありません。ユーリです。ユーリ・ブルーム」
「ユーリ…? …ああ、コイツらが勝手につけたのね。私の大事な娘を攫った上に名前まで奪うなんて…この悪党め!」

女は倒れているエリシアを睨み、踏みつける。そして再びユーリに向き直った。

「いい? 明子。貴女の本当の名前は明子よ。村咲明子」
「ムラサキ、メイコ…?」
「そうよ。さあ、明子。私と一緒に行きましょう」
「は…? 行くって何処へ…」

女は答えず、ただニヤリと微笑んだ。そしてユーリのドレスを破きだした。

「ちょっと!」
「服は可愛いんだけどこれじゃ動きにくいのよねー」
「ちょっ…!」

そして女はユーリを抱え上げ、割れた窓から飛び出した。どうやら入るときに突き破ったらしい。女は物凄いスピードで走る。どんどん遠くなっていく家を、ユーリは呆然と見つめていた。滅茶苦茶にされた家。両親は無惨に殺された。

「っ……」

幸せだった。幸せだったのに、一気に全てが崩れ去ってしまった。いつの間にかユーリの目からは涙が溢れていた。優しかった両親。この女は2人がユーリを攫ったと言ったが、あの2人が誘拐犯だなんてとても思えなかった。

「っお母、様…っ…お父様…!」

もうほとんど見えない我が家に向かって、ユーリは呟いた。

「ああ、そうだ」

すると女が突然、思い出したように言う。

「言い忘れてたわ。私の名前。村咲鳳加っていうの。でも気軽にママって呼んで頂戴」

物凄いスピードで走りながら、女――鳳加は続ける。ユーリはグッと拳を握り、怒りと悔しさを堪えた。

「…気軽にママなんて呼べないわ。…ホーカ」

それだけ呟いてユーリは、鳳加と会話するのをやめた。そして完全に見えなくなった家の方向を、ずっと見つめ続けていた。

「明子、貴女に殺して欲しい人がいるのよ」

しばらくしたあと、そのままのスピードで、鳳加が言うのが聞こえる。無視を決め込んでボーっといたユーリは、そこで再び現実に引き戻された。

「は…?」
「明子が世界の女王になる為に、どうしても殺さなければいけない人よ。貴女の敵」

真剣な声音で鳳加は言う。ユーリには、この鳳加こそが敵にしか見えなかった。勿論それは言わないが。

「私の敵? 世界の女王? 一体何の話?」
「そうね…あのときまだ貴女は3歳だったから、ちゃんとした説明はまだしていなかったのよね。分からなくても無理ないわ。明子…もう19歳よね」
「…そうよ。今日が誕生日だったわ」

ユーリは嫌味っぽく言う。しかし鳳加は大して気に留めていなかった。

「そう、でも今日は明子の本当の誕生日じゃないわ。きっとアイツらが明子を攫った日よ。私もあのときはまだ19歳だったわ」
「……」
「私達は19歳から成長しない」

今もどう見ても19歳の鳳加は、ユーリに向かってそう言った。









「ミヨン」
「なあに? アレドルフ」
「ダリオンとエリシアが殺された」
「…ふぅん。それで、“ユーリ”は?」
「何者かに攫われたそうだ」
「…そう。ふふっ、やぁっと私の敵が目覚めたようね」




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