小説5
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『数ヶ月前には女優肥田木美空さんとも熱愛報道があった俳優の原祐也さんですが、あのときは否定していましたね。しかし今回は事務所もノーコメントの一点張りです』
『多くの方がこのノーコメントを肯定と捉えるでしょうね』
夢から醒めた夢 #14
結局玉響の家に泊まることになったこやけは、テーブルに携帯を置いたまま黙っていた。先程ファミレスの休憩室のテレビで見た映像を思い出す。映像、と言っても、週刊誌のカメラマンが撮った写真が2、3枚映されていただけだが。しかしそこにはしっかりと、ゆうやけとこやけの姿が写っている。辺りが暗いことと少し遠いところから撮られていることで、こやけの顔は不鮮明だが、2人の関係を物語るには十分な写真だった。
「こやけちゃん…大丈夫?」
隣で玉響が心配そうに呼びかける。こやけは小さく頷いた。するとこやけの携帯が鳴り出す。こやけは慌てて携帯を取った。
「もしもし!? ゆうやけさん!?」
隣に玉響がいることなど忘れて、こやけは言う。
『こやけ…大丈夫か?』
「うん…大丈夫…」
『今何処にいる?』
「この前の…バイトの先輩の家。ゆうやけさんは…?」
『場所は言えないが…とりあえずホテルにいる』
「そっか…」
『ニュース、見たか…?』
「うん…」
『そ、か…じゃあ説明はいらないな』
「うん…」
『ごめん…』
「なんでゆうやけさんが謝るの…?」
『俺がもっと気を付けてれば…』
「…そんなの、関係ないよ…」
『こやけ…』
「肥田木さん、でしょ」
『…ああ、多分な』
「だって同棲なんて…肥田木さんぐらいしか…」
言ってこやけは、チラッと玉響を見る。ゆうやけとこやけが同棲していることを知っているのは、美空と玉響だけだ。しかし玉響にはそんなことを密告する理由がない。
「これから、どうするの…?」
『とりあえずこのまま…ほとぼりが冷めるのを待つしか…でも同棲まで知られてるしな…結婚秒読みとか言われて、破局か結婚まで追われる可能性も…』
「破局か、結婚…」
『マンションの前にも何人か構えてると思う…デートもロクにできないし…』
「仕事に、支障は…?」
『それは多分…あんまりない。むしろドラマの視聴率は上がると思う』
「よかった…」
『よくないよ。俺達ずっと会えないんだぞ!?』
「そうだけど…」
『こやけはいいのかよ! ずっと俺と会えなくて!』
「嫌に決まってるじゃん!! 当たり前でしょ!」
『…ごめん』
「……でも、どうしようもないんでしょ? …待つしか」
『ああ…』
「またゆうやけさんと会えるようになるなら…私我慢するよ…」
『こやけ……結婚しないか』
「え…?」
『婚約、って形で…籍はまだでもいい。結婚するって公表すれば…報道も早くなくなるし…』
「……」
『俺にはお前しかいない。遅かれ早かれ、いつかは言うつもりでいたんだ。こんなことになって言うのもアレだけど…』
こやけは驚いていた。まさかこの流れで言われるとは思っていなかったのだ。だがもう答えは決まっていた。
「…ダメだよ」
『…こやけ…』
「私まだ18だよ? ゆうやけさんだってまだ22だし…私もゆうやけさんしか考えられないけど、まだ早いよ」
『でもっ、こやけ…!』
「私ももうちょっと考えてみるね。何日かしたら落ち着くかもしれないしさ。今日はもう休もう? ゆうやけさんも疲れたでしょ? おやすみ」
『こやけッ…』
段々泣きそうになるゆうやけの声を聞きながら、こやけは一方的に電話を切った。きっと今頃泣いていることだろう。そんなときこそ傍にいて、抱き締めてあげたいのに、今はそれすらもできなかった。
「こやけちゃん…今の」
玉響が心配そうに訊ねる。
「18とか22とかまだ早いとか…もしかして、」
こやけは頷いた。
「結婚しよう、って…でも、断っちゃいました」
「いいの…? それで…」
こやけは再び頷く。
「ゆうやけさんまだ22で…今が1番売れてるときだし…こんなときに結婚なんかしたら、ファンが減っちゃうかもしれないじゃないですか」
「でも、それでもいいって思ってるから、結婚しようって言ったんじゃないの!?」
「…よくないですよ」
こやけは微笑んで言った。
「ねぇ、昨日ニュース見た? 原祐也の!」
翌日バイトしていると、裏に近いテーブルで女子高生がそう話しているのが聞こえた。こやけはドキッとする。
「見た見た! 同棲でしょ? しかも相手一般人って」
「ショックー」
「それだったら肥田木美空の方がよかったよねー」
「分かるー! 肥田木美空だったら美人だからまだ許せるー」
「でも一般人ってねぇ」
「写真見る限り別に美人でもなさそうだし」
女子高生達の会話がこやけに突き刺さる。彼女達はテレビの中の原祐也しか知らない。だからこやけは、自分がゆうやけには相応しくないなどとは思わない。しかし、ゆうやけが本当の自分を隠している以上、これが世間の意見なのだ。芸能界では、それが全て。
「こやけちゃん?」
気が付くと、傍にみことが立っていた。
「あっ…すみません」
「こやけちゃん調子悪そうだけど、大丈夫?」
「あ…あの、すみません。今日、帰らせてもらってもいいですか」
こやけが言うと、みことは頷く。
「1人で帰れる?」
「…はい」
ファミレスを出たこやけは、街を歩く。街でも当然のように、原祐也の話題が飛び交っていた。
「お邪魔します」
玉響の家に戻り、ドアを開ける。玉響が2階から降りてきた。
「こやけちゃん! どうしたの? バイトは…」
「…玉響さん、頼みたいことがあるんです」
こやけは玉響を見てはっきりと言った。
ニュースから3週間。原祐也の熱愛報道は進展も新情報も全くなく、世間の注目度は少しずつ失われてきていた。未だに週刊誌のカメラマンら数名が、再び注目を集めるべく目を光らせているようだったが、もとより2人の世界だったため、情報はほとんど出てこなかった。出てきた情報といえば、4月ぐらいから同棲しているらしいことと、色違いの携帯を持っているらしいこと(どちらも情報源は美空である)くらいなものだ。しかも世間の人々が原祐也の携帯を知っているはずもなく、相手の女性についての情報は一切ないままだった。
そしてゆうやけは3週間振りに、マンションの前にいた。あれから何度かこやけに電話したが、こやけは出ない。どうしたらいいか分からず、とりあえずマンションの周囲の様子を見に来たのだ。辺りを見回してみるが、人が隠れている気配はない。ゆうやけは中に入った。久々に家のドアを開ける。部屋からは懐かしい匂いがした。自分が使っている香水の匂い。そして優しいこやけの匂いだ。靴を脱ぎ、中へ入る。リビングの扉を開け、室内を見回す。そして眉をひそめた。
「……?」
何か違和感がある。何かが足りないような。
「こやけ…?」
ゆうやけは呟いた。そうだ。こやけがいないのだ。いつも笑顔でゆうやけを迎えてくれるこやけが。
「…もう戻ってきても…大丈夫だよな」
こやけを呼び戻そう、とゆうやけは携帯を取り出す。電話をかけながら、他の部屋を見て回った。全体的に少し埃っぽい。こやけが帰ってきたら2人で掃除しよう。そう考えながら洗面所を見ていたとき、ゆうやけは再び眉をひそめた。
「こやけ…?」
こやけの歯ブラシがない。よく見ると、傍にあるゴミ箱に捨てられている。
「こやけ…っ?」
こやけは電話に出ない。ゆうやけは家の中を走り回った。こやけの食器もない。こやけがここにきたときに持っていた旅行カバンもない。タンスも開けてみたが、こやけが使っていた部分には何も入っていなかった。
「…っこやけッッ!!!」
ゆうやけは部屋の中で1人叫ぶ。こやけは何処にもいなかった。
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