小説5
□15
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「玉響さん、頼みたいことがあるんです」
「何?」
「ちょっと、芝居に付き合って頂けませんか」
そして2人はマンションにやって来た。玉響は旅行カバンを持っている。
「高っ…」
玉響はマンションを見上げて言った。
「そう?」
言いながら2人はマンションに入っていく。15階に着いた2人は、静かにゆうやけとこやけの部屋の前まで行き、静かにドアを開けた。こやけはなるべく音を立てないように、かつ素早く荷造りをする。そして静かに部屋を出て下へ降りた。1階へ着くと、これから旅行にでも向かう友達同士のように喋る。
「すいません」
そこへ男が話しかけてきた。恐らくは週刊誌のカメラマンである。
「はい?」
2人は立ち止まる。
「このマンションにお住まいの方ですか?」
「私は違います」
玉響はすぐに言う。
「私はそうですけど」
こやけはそう言った。
「原祐也さんの同棲の話はご存知ですよね?」
「ああ…はい。ニュースで」
「相手の方に会ったことは?」
「あー…ないです。というか、もしかしたら会ってるかもしれないですけど、どんな人か知らないので…」
「でも、写真出てましたよね?」
「あれじゃちょっと分からないですよ。見たことあるようなないようなって感じで…すみません」
「そうですか…じゃあ、」
「夕姫」
そこで玉響がこやけに呼びかけた。
「あ、すみません。私達今から旅行に行くんで」
「旅行?」
「新幹線の時間があるので失礼します。行こっ」
そして2人で走り出す。
「あっちょっと!」
後ろから聞こえる声は無視して、2人は走った。角を曲がり、追いかけてこないのを確認してから、2人は走るのをやめた。
「タイミングあれでよかった?」
呼吸を整えながら玉響が言う。
「はい。ありがとうございました」
「しかし思い切ったねーあそこを堂々と通るなんて」
「いや…それが1番いいと思って」
「ていうかこやけちゃん演技上手いね」
「そうですか?」
「うん」
「……」
「ところで“夕姫”って?」
「ああ、ゆうやけの姫の略です」
「…相変わらずの発想力ね」
そして2人は玉響の家へ戻った。
「で、荷物持ち出してきたはいいけど…これからどうするの? ゆうやけさんには何て?」
玉響が訊ねると、こやけは首を横に振った。
「言ったらゆうやけさん、絶対止めるから」
「ホントにこれでいいの? 他に方法なんていくらでもあるでしょ?」
「私がこうしたいんです。私とゆうやけさんが出逢ったのは偶然で、今までの日々は…ホントに、ただの夢だったから」
「……」
「だから、いいんです」
こやけのいなくなった部屋で1人泣き続けたゆうやけは、しばらくしてハッと顔を上げた。
「バイト…!」
ゆうやけは立ち上がり、家を飛び出す。マンションを出るとカメラマンらしき男がいた。
「あっ原さん! ちょっと!」
「すいません! 急いでるんで!」
「どちらに行かれるんですか!? 彼女に何かあったんですか!? 原さん!」
カメラマンの声は無視して、ゆうやけは走る。こやけのバイト先には行ったことはないが、場所は聞いた。ファミレスに着くと勢いよくドアを開ける。
「いらっしゃいま…きゃあ!!」
店員が悲鳴をあげる。それに驚いた店内の視線がゆうやけに集まる。そして客が一斉に騒ぎ出した。
「ちょっちょっと、嘘、原祐也!?」
「なんでこんなとこに…!」
「生で見ると更にカッコいい!!!」
ゆうやけは騒ぐ客を一切相手にせず、そのまま悲鳴をあげた店員に近寄った。
「すいません」
「はっはい!」
「ここで村木こやけって女の子が働いてると思うんですけど…」
「…村木、さん…?」
突然身近な人物の名前が出たことで、店員は少し落ち着いたようだった。
「村木さんなら…この前辞めましたけど…」
その言葉に、ゆうやけは自分の耳を疑った。
「辞めた…?」
「はい…」
「いつ、ですか?」
「え、えっと…3日ぐらい前だと思いますけど…」
「原さん!」
そこへもう1人店員がやってくる。
「初めまして。岩戸玉響と申します。こやけちゃんのバイトの先輩、です」
玉響はゆうやけを真っ直ぐ見て言った。ゆうやけはそれで理解したようだ。
「ああ…あなたが」
2人はファミレスの外に出た。ファミレスの入口や窓からは沢山の人々が覗いている。
「あの、こやけが辞めたって…」
ホントなんですか、とゆうやけは問う。玉響は頷いた。
「辞めたんです。この場所はあなたに知られてるから」
「え…?」
「こやけちゃんがあなたには言わないと決めたことなので…私からは何も教えられません」
「…こやけは、まだあなたの家に…?」
玉響は首を横に振った。
「実家に戻りました」
ゆうやけは目を見開いた。実家? あんなに嫌がっていた、他人扱いの実家に?
「…っなんで、」
「私からは言えないんです。ただ、考えて下さい。こやけちゃんが、嫌がってた実家に自分の意志で戻った理由」
「……」
「こやけちゃんから、あなたがきたら伝えて欲しいと言われたことは1つだけです」
「…ひとつ…?」
玉響は頷く。
「待ってて」
ゆうやけは目を見開いた。
「必ず帰る、って」
「こやけ…」
泣きそうだったが、他人の前でそんなことはできない。こやけの前でそれができるのは、こやけが他人ではないからだ。ゆうやけは拳を握り、ぐっと堪える。
「待ちます、いつまでも」
「…ただいま」
出て行ったときと同じ旅行カバンを持ち、こやけは家のドアを開けた。
「あら、帰ってきたの?」
こやけを見るなり、母親は言った。こやけは拳を握り、首を振った。
「しばらく、ここに泊めて下さい」
母親を見、そして頭を下げた。
「やりたいことがあるんです。そのためにここに泊まりたいんです」
「……」
「それが終わったら、次は本格的に出て行きます」
こやけの目は、出て行く前とは違う、決意と覚悟を宿した目だった。
「祐也」
「おはようございます、マネージャー」
いつものように、祐也はマネージャーに挨拶をする。
「今日はまず『夢から醒めた夢』の顔合わせね。それから雑誌の取材と、撮影。忙しいわよ?」
「有り難いですね」
祐也は笑う。
「ところで聞いた? 祐也の相手役の子。人気女優も何人も応募したオーディションで、1000人の中から選ばれた新人だって」
「はい、聞きました。名前は確か木原…」
「原さん」
そのとき後ろから声がして、祐也は振り返る。そしてゆうやけは目を見開いた。
「初めまして。木原夕姫と言います」
「えっ…? あ…」
「…なんてね」
木原夕姫が悪戯っぽく笑う。“ゆうやけの姫”が。
「ただいま、ゆうやけさん」
夢から醒めた夢 #15
これは夢じゃない。
今度は自分の力で、ゆうやけの隣に立つの。
End