小説5

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「ゆうやけさん」



から醒めた夢 #13


「知り合い?」
「はい。あの…」

こやけは紹介しようとしたが、ゆうやけが走ってきて2人の間に立った。

「お前、何のつもりだ」

ゆうやけはこやけを背中に隠し、彰彦に向かって言う。

「はあ…?」

彰彦は眉をひそめた。

「こやけに何した」
「え、いや何って…」
「ちょっと、ゆうやけさん…?」

こやけはゆうやけの腕を掴んで言う。そしてゆうやけが震えていることに気付いた。

「ゆうやけさっ…」
「お前…! 俺の女にッ…手ェ出すなよぉ…っ」

ゆうやけは涙声だった。こやけは目を丸くする。彰彦も突然のことに声が出ない。

「えっ…ち、違うのゆうやけさん! この人は高校のクラスメイトでっ…偶然会ったから話しながら送ってもらってただけなの!」

こやけが言うと、ゆうやけは振り返った。

「へ?」

そしてゆうやけは再び彰彦を見る。彰彦は少しの間ゆうやけを見たあと、こやけに視線を移した。

「村木さん!」
「はいっ!」

こやけはゆうやけの後ろでビクッとして返事をする。

「彼氏いんなら先に言えよ! 俺が悪者みてぇじゃねぇか!」
「すっすいません!」
「ったく……よかったな」
「え…?」

こやけは彰彦を見た。

「タメ口で話せる相手できたんじゃん。クラスメイトにも敬語だったのに」
「…それは」
「そいつが変えたんだろ? 村木さんを。よかったな」
「……はい」

少し黙ったあと、こやけは微笑んで言った。

「じゃ、彼氏来たんだから俺は帰るわ。またな」

彰彦は手をひらひらとさせて去っていく。

「あっ…はい。さよなら!」

こやけはその背に向かって言った。すると隣でゆうやけがへなへなと座り込む。

「えっゆうやけさん!?」

こやけもしゃがんで、ゆうやけの顔を覗き込んだ。

「こ、怖かった…」
「え…?」
「“俺の女に手出すな”って…ドラマみたいにカッコよく言おうと思ったのに…言えなかった…」

ゆうやけは表情を崩して言う。こやけは抱き締めたかったが、人の目があるのでやめた。替わりに手をぎゅっと握る。

「カッコよかったよ」
「…そんなお世辞いいよ」
「お世辞じゃないよ」

こやけは笑いかける。ゆうやけは子供のように頬を膨らませた。

「帰ろう。ゆうやけさんをぎゅってしたいから」

こやけが立ち上がって、ゆうやけに手を伸ばす。ゆうやけはその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ帰ったらキスしよう」
「え?」

こやけの動きが止まる。玉響の言葉を思い出した。“キスぐらいドラマで”。

「…こやけ?」

ゆうやけに呼びかけられ、こやけは我に返る。

「えっ…あ…ごめん」
「何かあった?」
「いや、別に何も…」
「こやけ」

ゆうやけが強い口調で言う。こやけはゆうやけから視線を外した。

「…ファーストキス」
「え?」
「ファーストキスだったの! …今朝の。でも…ゆうやけさんは違うんだろうなって…」
「…なんで、俺はファーストキスじゃない、って…?」
「っだって、ゆうやけさんは人気俳優だし? キスぐらいドラマで何度も…」

言いながら、自分が惨めになってきた。これではただの嫉妬だ。

「ないよ」

ゆうやけが遮るように言い、こやけは顔を上げる。

「へ?」
「キスする役、やったことない」
「えっ…? いや、でもほら、この間の…出口のない夢! あれで梶原湖奈子と…!」
「…ああ。あれしてないよ。してるように見えるように上手く撮ってんだ。美空との熱愛報道のときもそうだったろ」
「…そう、なの?」
「ああ。だから、俺もファーストキスだよ」

ゆうやけはこやけの目を見てはっきりと言った。

「…なんだ」

こやけはホッとしたように笑う。何だか悩んでいた自分が馬鹿らしく思えた。そしてようやく2人は、家へと歩き出す。その先に待ち構えるものも知らずに。





数日後。

「いらっしゃいませ…あ」
「よお」

再び彰彦がやってきた。4人程人を連れて。

「あっホントだー! 村木さんだ!」
「久しぶりー!」

彰彦以外のメンバーが口々に言う。よく見ると、見覚えのあるようなないような顔だった。

「5名様…ですか?」
「おう。禁煙席な」
「ではあちら側の、お好きな席にどうぞ」

5人はぞろぞろと禁煙席側へ歩いていく。




「アイツこの間のナンパ野郎じゃん」

裏に行くと、美了が言った。

「ナンパじゃないですってば」
「…まあいいけど。こやけ彼氏いんだから、誤解されないように気を付けなよ」
「あ、はい」

言い残して美了は去っていく。だるそうな喋り方をするが、基本はお人好しな性格だ。こやけはその後ろ姿を見て微笑んだ。




「村木さんホント変わったね!」

彰彦達のもとに料理を運ぶと、一緒に来ていた女子にそう言われた。名前は覚えていない。

「そう…ですか?」
「うんうん! 明るくなったよー敬語は相変わらずだけど。それってやっぱ彼氏のお陰なの?」
「…さあ…どうなんでしょう」
「村木さんの彼氏ってカッコいいんでしょ?」

こやけはチラッと彰彦を見る。何処まで喋っているんだこの男は。

「まあ…カッコいいっていうか、可愛いですけど…」
「アイツに似てんだよなー、あの何だっけ? 名前出てこねぇ。原…原…祐也か」
「えっ原祐也!?」

女子が凄い勢いで食いつく。こやけはビクッとした。ファンだろうか。

「村木さんの彼氏原祐也に似てんの!? 超カッコいいじゃん! 会いたーい」
「でも原祐也より頼りなさそうな男だったよな」
「はあ…」
「こやけちゃん、ちょっと」

こやけが困っていたところに助け舟を出してくれたのは、玉響だった。

「あ、失礼します」

こやけは5人にお辞儀をしてその場を去る。

「ありがとうございます、玉響さん」
「いいのよ。原祐也って聞こえたから、ちょっとヤバいかなーと思って」

玉響は笑う。こやけはこの人に言ってよかった、と思った。



それからしばらくして、5人は帰っていった。レジは玉響にやってもらった。店を出る直前、「またねー村木さん」と手を振っていたので、振り返しておいた。




「こやけちゃん、お疲れ様。そろそろ上がっていいわよ」

それから1時間程経って、みことが言った。時計を見ると、もう9時を過ぎている。

「あ、はい。お疲れ様です」

こやけは裏に戻り、制服を脱いで私服に着替える。休憩室で玉響がテレビを視ているのが見えた。

「玉響さん、お先に失礼します」
「ああ、こやけちゃんお疲れ様」
「今日はありがとうございました」
「いいよ全然」
「お疲れ様です」

言ってこやけは店を出る。ゆうやけに連絡しようと、携帯を取り出す。着信が3件。全てゆうやけだ。

「ゆうやけさん…?」

何かあったのだろうか。こやけはゆうやけに電話をかけた。するとすぐに繋がる。

「もしもし、こやけ!? 今何処だ!?」

電話の向こうのゆうやけは、とても焦っているようだった。やはり何かあったのだろうか。

「え、今…店出たとこだよ。今から帰ろうと…」
「ダメだ!! 帰るな!」

ゆうやけに強い口調で遮られる。一体どうしたというのだろう。

「え…?」
「ほら、お前がこの間泊めてもらったバイトの先輩…その人の家にまた泊めてもらえ」
「何…? どういうこと…?」
「別にその人じゃなくてもいい! とにかく誰かの家に泊めてもらえ! うちには帰るな! いいな!!」
「わ、分かった…」
「…悪い、あとでまたかける」
「えっちょっ…」

一方的に用件を告げ、ゆうやけは電話を切った。どうやら相当焦っているようだ。こやけは携帯を耳から離す。

「何…?」
「こやけちゃん!!」

後ろから呼ばれて振り返った。玉響が立っている。

「玉響さん…?」
「きてこやけちゃん! 早く!!」

玉響が叫ぶ。玉響も焦っているようだ。こやけは走った。連れていかれたのは休憩室だ。先程同様にテレビがついている。

「……嘘」

こやけは震える声で呟いた。

“原祐也、一般女性とラブラブ同棲生活!!”




醒める夢。


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