小説5
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「こやけちゃん、こやけちゃん!」
「へっ!?」
ガシャン
夢から醒めた夢 #12
割った皿を片付けたあと、こやけは休憩室で溜め息を吐いた。
「大丈夫? こやけちゃん」
一緒に休憩していた玉響がこやけに声をかける。
「はい…すみません」
「仲直りできなかったの? 原祐也と」
「い、いえ…仲直りはできたんですけど…」
「けど?」
「キス…されちゃって」
「えっ?」
玉響は目を丸くする。しかし次の玉響の言葉は、こやけの予想とは違った。
「まだキスしてなかったの?」
「え?」
こやけは玉響を見る。
「あ…はい」
「そうなんだ…私、キスはとっくにしてると思ってた…」
「…そんな風に見えますか?」
「いやだって…ドラマとかでキスしてるだろうし、今更恥ずかしがることじゃないのかなって…」
「……」
「…こやけちゃん?」
「え、あ…なんですか?」
「私なんか変なこと言った?」
「いえっ、大丈夫です! あ、私そろそろフロア戻りますね!」
こやけは慌てた様子で立ち上がる。
「えっこやけちゃん!」
玉響が呼びかけたが、こやけはそのまま出て行った。
“ドラマとかでキスしてるだろうし”
そうだ。ゆうやけは人気俳優の原祐也なのだ。キスぐらい、ドラマで何度もしているはず。ただしそれはあくまで演技上のキス。本当の意味でのキスとは違う。分かってはいるが、どうしても気になってしまった。こやけにとってはファーストキスでも、ゆうやけにとってはそうではないのだ。
「あ、こやけちゃん、これ17番にお願い」
フロアに戻るとみことに料理を渡される。
「あ、はい」
こやけは料理を受け取り、17番テーブルに向かった。
「お待たせ致しました。ハンバーグ定食になります」
「…村木さん?」
こやけがテーブルに置くと、目の前の客が言う。
「え?」
こやけは客を見た。見たこともあるような気はするが、誰かは分からない。
「やっぱ村木さんじゃん! 俺だよ俺! 同じクラスだった山荒!」
「やまあら……ああ」
聞き覚えはある名前だ。しかし目の前の人物とは一致しない。というより、元クラスメイトの顔と名前はほとんど一致しなかった。
「急に学校辞めたからどうしたのかと思ってたけど、こんなとこでバイトしてたんだな」
「…はあ」
何やら親しげに話しかけてくるが、喋った記憶はほとんどない。誰にでも馴れ馴れしく話しかける男だろうか。それも勿論記憶にない。
「彰彦ー困ってんじゃん。この子バイト中なんだから話しかけんなよ」
向かいに座っていた男が笑いながら言う。山荒彰彦。フルネームを聞いても、やはり思い出さなかった。
「あの、失礼します」
こやけは頭を下げてその場を離れた。
「ナンパ?」
裏に戻ると、美了に声をかけられる。
「あ、いや…知り合い、らしいです」
「誰の?」
「私の…です」
「何ソレ。自分の知り合いなのに“らしい”?」
「ああ…その、あんまり覚えてなくて…」
「ふぅん」
言って美了は、休憩室に歩いていった。
それからしばらくして、彰彦達が席を立ったのが見えた。
「あ、あの人達帰るわね。こやけちゃんレジお願い」
「あ…はい」
みことは料理を抱えて言う。こやけはレジに向かった。
「あ、あの」
こやけが伝票を受け取ると、彰彦が言う。こやけは顔を上げた。
「はい?」
「バイト、何時に終わる?」
「は…?」
こやけは言う。彰彦は真剣な顔でこちらを見ている。こやけは店の時計に視線を移す。時刻は19時過ぎ、今日は20時上がりだ。
「えっと…あと1時間…ぐらい、ですけど」
「あの、そのあとちょっと話せねぇ? 久しぶりに会ったんだし…」
「はあ…」
「外で待ってるから」
「えっあの、店の周りにたむろされるのはちょっと…」
どうやら彰彦はそれを肯定の返事ととったらしく、ホッとしたような表情をしていた。
「ああ…じゃあ、1時間ぐらいしたら戻ってくるわ」
「あ…はい…」
こやけはもう、そう言うしかなかった。
1時間後。
“ちょっと遅くなるかも”
念の為ゆうやけにメールして、こやけはファミレスを出た。表に回ると、彰彦が1人で立っている。
「あ…わりぃ。突然」
彰彦が近付きながら言う。
「いえ…」
こやけは遠慮がちに言った。
「そうそう、村木さんってそんな感じだったよな」
「え…?」
「大人しい、っていうか…控えめっていうか…」
「そうですか…?」
「そうそう。それにみんなに対して敬語だったな」
今みたいに、と彰彦は続ける。確かにそうだった気がする。クラスでは、嫌われてはいないが好かれてもいなかった。いつも1人で、周りとの間に明らかな壁があった。
「はあ…」
「村木さんの家ってどの辺なの?」
「えっと…あっちです。ここから10分ぐらい」
こやけは右方向を指差して言う。
「あ、じゃあ…歩きながら話そう。送ってくよ」
「え…? あ…はい」
その方が時間もかからないかと思い、こやけは承諾した。2人は歩き出す。しかしこやけは特に話したいことがある訳でもないので、彰彦が喋らないことには会話が始まらなかった。
「なんで学校辞めたの?」
少し歩いたあと、ようやく彰彦が口を開いた。
「…ああ、家出したので。ついでに辞めました」
「えっ!?」
彰彦は驚いてこやけを見る。
「そんなに驚きますか?」
「えっあっいや…家出したの…?」
「はい」
「そうなんだ…でも、家出したからって辞める? 普通…」
「まあ、家を出たら学校に行く意味も特にありませんし」
「あ、そうなんだ…?」
よくわからないが、何となく複雑な家庭であることは察したようだった。また少し黙ったあと、チラッとこやけを見る。
「…何ですか?」
それに気付いたこやけが彰彦の方を向いた。
「えっいや…変わったな、村木さん」
「え?」
「なんかすげぇ明るくなったよ。バイトしてるとき見てたけど」
「そう、ですか…?」
「ああ、なんだろ。学校とか家とかに縛られてたのかもな」
「縛られ…?」
「いいと思うよ。今の村木さん」
彰彦は笑いながら言う。男子に笑いかけられることなどほとんどなかったので、こやけは何だか照れてしまった。
「…ありがとう、ございます」
こやけも笑い返す。
「…クラスの奴らも村木さんの笑顔見れたらよかったのにな」
「え…?」
「そしたらなんか変わってたかも」
「…そうでしょうか」
「そうだよ。多分」
「…学校は今何してるんですか?」
「ん? ああ…今なーもう学園祭も終わったし、勉強ばっかだよ。推薦受ける奴は毎日面接練習とかだな。俺はセンターだからもうとにかく勉強? あ、就職決まった奴とかもいるよ。西表とか翔馬…不見翔馬とか、あと純平! とか…覚えてる?」
「あー…何となく」
正直ほとんど分からなかった。
「でも、そうですか…受験…もうそんな時期なんですね」
「ああ。ま、正直大学行ってどうすんだって感じだよな。まだ仕事したくねぇからって大学目指してる奴もいるしよ」
「大学生って暇そうですもんね」
「…こやけ?」
そのとき正面から声がして、2人は前を向いた。ゆうやけが立っている。
「ゆうやけさん」
偶然の出会いからの。
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