小説5

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から醒めた夢 #11



「え、えぇー…ごめん。取り乱しちゃって…あまりにもびっくりな相手だったから…」

びっくりし過ぎていた玉響は、落ち着いたあとそう言った。

「あ、もしかしてファンだったり…?」
「あ、ううん。まあ好きだけど、ファンって程じゃないから大丈夫。ほら、だって原祐也って人気あるけど、あんまり恋愛の話聞かなかったからさ」
「あ…なるほど」

当たり前といえば当たり前だろう。ゆうやけは恋愛したことはないと言っていた。しかしそこまでは言わなくていいだろう。

「で、ごめん何だっけ? 原祐也と肥田木美空が歩いてて、こやけちゃんにご飯いらないって?」
「あ、はい…でも帰ってきた彼が、“ご飯は?”って聞いてきて…」
「え? 何それ。どういうこと?」
「訊いたら、レストランでトイレに行ってる間に肥田木さんが送ったんじゃないかって…」
「原祐也、肥田木美空とレストラン行ったの?」

こやけは頷く。

「…みたいです。で、レストラン行ったならご飯いらないじゃんって、出てきちゃったんです」
「…なるほど」
「あ、でももう怒ってないんです」
「え、そうなの?」
「…マンションを出るとき肥田木さんに会って、分かったんです。肥田木さん、彼のこと好きで、だから私みたいな地味な一般人と付き合ってるのが気に入らないんだろうって」
「…確かに、肥田木美空って結構性格キツそうだよね…テレビのまんま?」
「そう…ですね。まんまです」

こやけは、美空がバラエティー番組に出ているのはあまり見たことがないので、実際のところテレビで美空がどういう性格なのかは分からない。しかしテレビでしか見ていない玉響が“性格キツそう”と言うのだから、恐らくはこやけの知る美空と変わらないのだろう。

「でも、肥田木美空はなんで原祐也がこやけちゃんと付き合ってるって知ってるの? 教えたの?」
「それは…何ででしょう? 彼は教えないと思うんですけど…でも肥田木さん、勘よさそうですからねー」
「あーそうね。確かによさそう」

そこで2人は黙る。そしてすぐに玉響が再び口を開いた。

「でも、肥田木美空に何言われても、当然別れる気はないんでしょ?」
「え?」

どういうことですか? とこやけは続ける。

「どうって…この先何言われるか分かんないよ? 私の方が相応しい、とかさ」
「あー…そうですね。そんなようなこと言ってました」
「あ、もう言ってた? じゃあこやけちゃん、なんて返したの?」
「“あなたがあの人の何を知ってるんですか”…って」
「…わお」

その言葉は予想外だったらしく、玉響はそう漏らす。

「こやけちゃん…結構強いんだね。芸能人相手に…」
「あーいや、私もともとテレビとか全然見なかったので、芸能人の凄さとかよく分かってないんです」
「それでも強いよ…それ、どういう意味なの? あの人の何を知ってるんですかって…」
「本当の彼は、テレビに出てるのとは違うんですよ」

こやけはにっこり笑う。

「…何? それ。AVと関係ある?」
「ないです」

こやけは即答した。流石は美了の親友だ、と思う。

「あ、そう…」
「まあ、どう違うかは…秘密、です」
「何? 言っちゃダメって言われてるの?」
「いや、ダメ…とは言われてないですけど。私が、言いたくないんです。私だけが知ってる、彼の素顔なので」

幸せの溢れる笑みでこやけが言う。

「ふぅーん」

それを見て、玉響もニヤニヤとする。

「ま、こやけちゃんがどれだけ原祐也のことが好きかは分かったわ。でも、もう怒ってなかったんなら、どうして家に戻らなかったの?」
「あー…それは…一度ゆう…彼と離れて、ちゃんと考えてみた方がいいかなって」
「考えるって、何を?」
「…今後どうするか、っていうか…肥田木さんも、言ってしまえば敵になる訳ですし…ちょっと、冷静になってみようかと」
「なるほどね…それで、冷静にはなれた?」
「…はい」
「そう。ならいいわ」
「すいませんでした。夜に押しかけてしまって」
「いいよいいよ。一晩ゆっくりして、明日原祐也のところに帰んな」
「はい」
「あ、でも連絡はしといた方がいいんじゃない? きっと心配してるよ」
「そうですね」

こやけは携帯を取り出す。開くと、着信が13件。付き合い始めたあの日を思い出して笑ってしまう。

「何? ニヤニヤして」
「いえ、電話いっぱい来てました」
「へぇー結構心配性なんだね、原祐也って」
「…はい」

電話すると、思わず“ゆうやけさん”と呼んでしまいそうな気がした。あまり本名をバラしたくはない。こやけはメールをして、携帯を閉じた。





朝。
家のチャイムが鳴り、ゆうやけは飛び起きた。走って玄関へ向かう。

「こやけっ…!」

そして勢いよくドアを開けると、こやけが驚いた顔をして立っていた。

「…お、はよう」

こやけがそのままの表情で言う。

「あ、ああ…おはよう」

ゆうやけも返した。

「…ごめん。寝てた?」
「あ、いや…大丈夫」
「そう…あ、あの」
「ん?」
「ただいま」

こやけは笑って言った。ゆうやけも笑う。

「おかえり」





「ゆうやけさん」

2人並んでソファに座り、こやけが切り出した。

「昨日マンション出るとき、肥田木さんに会ったんだ」
「えっ…?」

それは予想外だったらしく、ゆうやけはこやけを見る。

「地味な彼女じゃ浮気したくなる、とか…遠回しに私の方が相応しいみたいなこと言ってた」
「…こやけ、」
「あなたに彼の何が分かるんですか」

ゆうやけは目を丸くする。するとこやけが、ゆうやけの方を向いて笑った。

「て、返した」
「……」
「“ゆうやけ”を知らない人に、知ったら離れていきそうな人に…ゆうやけさんは渡せないよ」
「…こやけ」
「ごめんね」

こやけは笑う。ゆうやけは首を横に振った。

「俺こそ、ごめん。昨日確かに美空とレストラン行ったんだけど、でも、軽いものしか食べてないんだ。…こやけとご飯食べれるようにと思って」
「…そっか」
「こやけ…俺のこと、嫌いにならないで…?」

泣きそうに眉を下げて、ゆうやけが言う。こやけは笑い、ゆうやけを抱き締めた。

「なるわけないでしょ」

ぽんぽん、と頭を撫でる。ゆうやけも抱き締め返してきた。

「好き」

ゆうやけが小さく言う。

「私も。好き」

言って体を離し、ゆうやけの涙を指で拭いてやる。

「ホラ! 泣かない泣かない! これから仕事なんだから!」
「…行きたくない…」
「そんなワガママ言わないの! ね?」
「美空に会いたくない…」
「ゆうやけさん! 大丈夫、頑張って!」
「何が大丈夫なんだよ」

急に鋭い声に変わり、こやけは笑顔を消した。

「え…?」
「大丈夫なんて保証何処にあるんだよ。もし、もし美空に引き裂かれたりしたら…俺…やだよ…」
「ゆうやけさん」
「またこやけに誤解させて、嫌われたらって…俺自信ない…」
「ゆうやけさん!!」

こやけはゆうやけの頬を思いっきり引っ張る。

「いっ…いはいいはい!」
「私そんなに信用ないですか?」

頬を引っ張ったまま、こやけは続ける。

「確かに保証なんてないかもしれないけど、大丈夫だよ。肥田木さんにも、勿論他の誰かにも、引き裂かれたりはしないよ」
「……」
「絶対、誰にも負けない」
「……う」

引っ張られたままゆうやけが言う。こやけは手を離した。

「ほら! 準備して、仕事行こう!」
「…ああ」

ようやくゆうやけは立ち上がる。こやけも立ち上がって歩き出した。

「あ、こやけちょっと待って」

するとゆうやけが呼び止める。こやけは振り返った。そして。

「……」

気が付くと、ゆうやけの顔が目の前にあった。そのまま柔らかいものが唇にあたる。それはすぐに離れて、同時にゆうやけも離れていった。

「…これで今日、頑張る」

呟いて、ゆうやけは洗面所へ歩いていった。こやけはまだ固まっている。そしてようやく、キスされたのだと気付いた。途端に顔が熱くなる。

「ゆっゆゆゆゆゆうやけさん!!!??」

心の準備も何もなく、あっさりと奪われたこやけのファーストキスだった。




初めてだったのに!!

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