小説5
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「んー…」
こやけは布団の中で寝返りを打つ。そしてゆっくりと目を開けると、ゆうやけが微笑んでこちらを見ていた。
「おはよう」
ゆうやけが言う。
「きゃああああああああああ!!!!」
夢から醒めた夢 #9
「…ん」
ゆうやけがこやけの頭に、氷水の入った袋を乗せる。
「…ありがと」
こやけがそれを受け取ると、ゆうやけはこやけの隣に座った。
「…明日はオフだ」
そして前を向いて、ゆうやけが言った。
「…うん。知ってるよ」
「…布団、買いに行くか」
「…え?」
こやけはゆうやけの方を向く。ゆうやけはやはり前を向いていた。
「よく考えたら、付き合ってもいない男女が同じベッドってのもおかしかったのに、好きな奴と同じベッドじゃ…余計、身がもたない」
「……」
こやけはゆうやけを見つめたまま黙る。するとゆうやけがハッとしてこやけの方を向いた。
「あっいや、そういう意味じゃないぞ!?」
「そういう、意味…?」
「あ、えっとその…襲う、とか、そういう意味では…」
「え、あ…やだなー分かってるよ! 私みたいなの見たって別に何も感じないでしょ?」
「いやっ! そんなことは…ない…」
気が付けば、こやけは顔を赤らめていた。それを見てゆうやけの顔も赤くなる。
そして急に恥ずかしくなった。
「ごっごめん…!」
ゆうやけは前に向き直る。
「う、うん…」
こやけも前を向いた。
「あの、」
そして再びゆうやけが口を開く。
「ん?」
「俺…こやけが好きだから」
「…? うん…」
「だからっ…その、そういうこと、したい、とも…思う、よ…?」
「!? あ、そう…?」
「っけど、こやけ…まだ10代だし…大事、だから…その、襲ったりは、しないから」
「…う、うん」
ゆうやけは俯いて言う。チラッとゆうやけの方を見ると、耳が真っ赤だった。こやけも真っ赤になって俯く。そのまま2人黙った。
「…あ、あの、それで…ベッド…」
しばらくして、ゆうやけが口を開く。
「う、うん…」
「か、買うか」
「え、ベッドを?」
「ああ…」
「そんな、もう1台ベッド置くようなスペースない、でしょ…」
「…そうだな」
「ふ、布団…は?」
「ベッドの横に、敷くのか…?」
「……なんか、やだね…」
2人はベッドの方を見ながら呟く。何があるという訳ではないが、某都市伝説を思い出すのだ。2人共怖がりだった。
「…ゆうやけさん」
こやけはベッドの方を向いたまま言う。
「…ん?」
「…私は、今のままでも、いい、よ」
「え?」
ゆうやけがこやけの方を向く。今度はこやけの耳が真っ赤だ。
「狭いし、ドキドキするけど…やっぱり、嬉しいから」
「…こやけ」
「っ次からは、もうびっくりして落ちないように、するからっ…」
「あ、ああ…」
こやけは頭の上の袋を頬に当てて冷ます。少し冷静になって、恥ずかしいこと言ってしまったことを自覚した。
「あっ私、そろそろ準備しなきゃ!」
こやけはサッと立ち上がり、服を着替えに動き出す。
「…だな。今日は10時からだっけ?」
「うん!」
「俺もそろそろ準備するか」
「ゆうやけさんは1時だっけ?」
「ああ。多分遅くなるから、夕飯は1人で食べといてくれ。俺は外で適当に済ますから」
「…分かった」
こやけは少し寂しそうに呟く。
「ゆうやけさん、今季もドラマ出るんだもんね」
「ん? ああ。今度は主演じゃないけどな」
「でも凄いじゃん! 2クール連続!」
「…頑張るよ」
ゆうやけは微笑んで言った。
「あ、」
そして思い出したように呟く。
「そういえば…」
「何?」
「今やってる役、美空と恋人なんだ」
言われて、こやけは止まる。
「…え?」
「あの、一応言っといた方がいいかなと思って」
「あ、うん…ありがとう?」
「でも、別に全然心配しなくていいから! 浮気とか絶対しないし!」
「うん…大丈夫。分かってるから」
こやけはゆうやけに向かって微笑んだ。何が分かってるなのか、自分でもよく分からなかったが。
「じゃ、行ってきます」
支度を終えたこやけは、ゆうやけに言って玄関へ向かう。
「ああ、行ってらっしゃい」
後ろから声が聞こえ、こやけは家を出た。
こやけがエレベーターに乗っていると、エレベーターが8階で停まる。そして乗り込んできたのは誰であろう、肥田木美空だった。
「あら、前にも会ったわよね?」
美空は微笑んで言う。
「はい…」
「これからお仕事?」
「はい、バイトですけど」
「へぇ、そう」
「肥田木、さんは…撮影ですか?」
「ええ、今度の金曜から始まるドラマよ」
そのとき、こやけの携帯が鳴った。マナーモードにし忘れていたのだ。
「あっ、すいません!」
言いながらこやけは携帯を取り出す。ゆうやけからのメールだ。
“帰る時間分かったら早めに連絡するから、やっぱりご飯よろしく”
そのメールを見るだけでニヤニヤしてしまう。
「彼氏から?」
それを見ていた美空が訊いてくる。
「はい」
こやけはとても幸せそうな表情で美空に言った。
「…そう」
美空のその目は、こやけの携帯を凝視していた。正方形のサブディスプレイを持つ薄型の携帯。
「可愛い携帯ね」
そしてこやけに微笑みかけて言う。
「はい!」
こやけはやはり笑顔で返した。
撮影の合間の休憩時間。
「祐ー也!」
美空はゆうやけに近付く。ゆうやけはというと、微笑みながら携帯を操作していた。美空に呼ばれると、操作をやめて美空を見る。
「ん?」
「何? メール?」
「ああ…まあな」
「祐也って確かこの間携帯変えたよね? 見して」
「え? まあ、いいけど…」
ゆうやけは携帯を閉じ、美空に渡す。正方形のサブディスプレイを持つ、薄型の携帯。
「へぇーカッコいいじゃん」
「そうか?」
「カッコいいよー。あ、そういえばさー私今朝あの子に会ったよ」
美空はゆうやけの携帯を眺めながら言う。
「あの子?」
「そうそうあの子」
「いやあの子って誰だよ」
「あの子だよ。あの」
美空は携帯から視線を離し、ゆうやけを見た。
「祐也の彼女」
その顔はもう、笑ってはいなかった。
“8時には帰れそう”
ゆうやけからのメールを見て、こやけは小さくガッツポーズをする。
「なぁに? ゆうやけさんから?」
みことがそんなこやけを見て言う。
「あっ…はい」
こやけは嬉しそうに返す。
「なんて?」
「えっと…8時に帰るって」
「は? そんなんが嬉しいの?」
続いて美了が話に入ってくる。
「嬉しいですよっ。今日は遅くなるって言ってたから」
「あー…そういうこと」
「じゃあ、お疲れ様です!」
言ってこやけは休憩室から出る。
「お疲れ様こやけちゃん」
「お疲れー」
みことと美了の声を背に、こやけはファミレスを出てスーパーに向かった。晩御飯は何にしようかと考えながら、ゆうやけの笑う顔を想像しながら。
「あ、あれ原祐也と肥田木美空じゃん!」
「嘘っ本物!?」
その声に、こやけは止まる。そして声のした方を見た。
「あの2人前付き合ってるって噂あったよね?」
「えーまだ続いてたんだー」
そこには楽しそうに歩く、ゆうやけと美空の姿があった。やはり美男美女はとても絵になる。やがて、2人が通り過ぎたあともその場に突っ立っていたこやけの携帯が震えた。こやけは携帯を取り出し、開く。
“やっぱり晩御飯いらない”
それだけだった。
“別に全然心配しなくていいから! 浮気とか絶対しないし!”
“うん…大丈夫。分かってるから”
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