小説5

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「お前、携帯持ってないのか?」
「…え?」



から醒めた夢 #7



「携帯」

ゆうやけはこやけを見て、もう一度言った。

「あー…うん」

こやけは気まずそうに言う。持ってはいたが、実家に置いてきたのだ。しかし一応上京ということにしているのでそれは言えない。

「買ったらどうだ?」
「えっ?」
「あった方が便利だろ。俺が遅くなるときとか、連絡できるし」
「そっか…」
「なんなら俺が買ってやろうか?」
「いえっ自分で買います!」

こやけは勢いよく立ち上がる。

「…今から行くのか?」

それを見てゆうやけは言った。

「えっ? あー…うん…早い方がいいかなって…」
「まあ、そうだな」

そしてゆうやけも立ち上がった。

「んじゃ俺も行く」
「へ? なんで?」
「行っちゃ悪いか?」
「いや、悪くないけど…」
「俺もそろそろ機種変しようと思ってたとこなんだ」






それから2人は近くの携帯ショップに向かった。2人で出かけるのは、あのレストラン以来だ。店頭に並べられている機種を見て回る。しかし最近のは機能が沢山ありすぎてよく分からない。

「なんかいいのあるか?」
「うーん…どれがいいのか全然分かんない…」
「特に欲しい機能がないなら、いっそデザインで決めたらどうだ?」
「そーだなー…あっ、これ可愛い!」

そう言ってこやけが手に取ったのは、ミントグリーンの薄型のものだった。正方形のサブディスプレイが特徴的だ。

「お、いいなそれ」
「でしょ!? これにしよっかな」
「んじゃ俺も」

ゆうやけが言って紺色の方を手に取る。こやけは振り返ってゆうやけを見た。

「…え?」
「…嫌か? 俺と色違い」
「っ、え!? いや、全然嫌じゃないよ!!」
「よかった」

ゆうやけは安心したように笑う。その少年の様な笑みに、こやけはドキッとして顔を背けた。

「ん? どうしたこやけ?」
「なっなんでもないよ! 早く買っちゃおう!」
「? ああ…」

2人並んで椅子に座り、ゆうやけが契約書を書くのをこやけは横から眺める。

「ねぇ、あの人…ほら男の方! 原祐也に似てない? 本人だったりして」

少し離れたところにいる店員が、小声で隣の店員にそう言うのが聞こえた。

「えー? まあ似てるけど…本人じゃないでしょー原祐也あんな無愛想じゃないじゃん」
「まーそうだけどー…」

こちらに聞こえていると分かっているのかいないのか、2人は言う。こやけは膝の上で拳を握った。

「こやけ」

更に小さい声で、ゆうやけが言う。

「気にしなくていいから」
「っでも…」
「いいから」

ゆうやけにそう言われては、こやけも何も言えなかった。俯いて黙る。店を出ると、ゆうやけは買った携帯の片方をこやけに渡した。

「はい」
「あっ…ありがとう」
「ん」
「…なんか、結局買ってもらっちゃった」
「月の料金は自分で払えよ?」
「分かってるよ!」

そして2人は帰路に着く。家に着くまで、一言も喋らなかった。室内に入ると、こやけはリビングのソファに座り、携帯を開く。

「ゆうやけさん」

そしてゆうやけを呼ぶ。

「ん?」

ゆうやけはこやけに近付いてきた。

「アドレス、交換しよう」
「…いいけど、もうアドレス設定したのか?」
「めんどくさいから初期設定のままでいい」
「…そうか」

言って、ゆうやけも携帯を取り出した。

「送るぞ」
「うん」

ゆうやけのアドレスが受信される。こやけはそれを登録し、自分のプロフィール画面に移動する。

「こやけ」

そのとき、ゆうやけが呼んだ。

「ん?」
「ありがとな」

こやけは指を止め、ゆうやけを見上げた。

「え?」
「さっき」
「え…いや、私は何も…」
「でも嬉しかった。こやけがああ思ってくれて」
「だって…私は知ってるから。これがホントのゆうやけさんだって」
「…俺は、な。でも祐也は違う。あの人達の言う通り、祐也は無愛想な男じゃない。笑顔が似合う爽やかな男なんだよ」
「…ゆうやけさんは、それでいいの? 祐也がそうだと、ああやってゆうやけさんがみんなに否定されるんだよ?」
「…しょうがないだろ。祐也と比べたら、どっちが人気出るかなんて一目瞭然だろ?」
「……でも私は、ゆうやけさんの方が好きだよ」
「……え?」

ゆうやけが驚いたように言う。次の瞬間、こやけは自分が何を言ったのか理解した。

「えっ? あ…! あっ、いやっ、えっと…!」
「…好き?」
「う、」

ゆうやけが言う。こやけは何も言えなくなった。

「…俺の方が、好き?」

ゆうやけはもう一度繰り返す。こやけは頷いた。鼓動が物凄く速い。

「…うん」
「そっか…」
「……」
「…ありがとな」

こやけは自分の中を、サァッと何かが駆けていくのを感じた。ありがとう、とはどういう意味なのか。考えたくない。今何を言うべきなのか分からない。ゆうやけの表情を見るのが怖い。

「こやけ?」

黙って俯いていると、ゆうやけが言った。こやけはビクッと肩を震わせる。するとゆうやけはしゃがみ込んで、こやけの顔を覗き込んだ。

「どうした? こやけ」
「…っ」
「こやけ?」

言ってゆうやけはこやけの頬に触れる。こやけは何が起きているのか分からない。自分はフラれたんじゃないのか。

「っな、なんでも…」
「…そうか?」
「うん…」

するとゆうやけは、そのままこやけに抱きついた。

「へっ!!?」

こやけは顔を真っ赤にしてパニックを起こした。爆発しそうだ。

「ゆっゆゆうやけさん!!!??」
「んー?」
「いや、『んー?』じゃないでしょ! 何コレ、どういうこと!? どういう状況!?」
「嬉しかったから」
「へっ…?」
「ゆうやけの方が好きって言われたの、初めて」

ゆうやけは言う。その声色から、例の如く少年のように笑っているだろうことが想像できた。ゆうやけはこやけを抱き締める力を強くする。

「嬉しい、俺もこやけ好き」

こやけの胸が高鳴る。やはり何が起きているのか分からなかった。

「えっ…えっ? ほっホントに…?」
「うん」
「へ? じゃ、じゃあ…付き、合うって、こと…?」
「……えっ?」

そこでようやくゆうやけは体を離し、こやけの顔を見た。こやけの顔は真っ赤だ。

「…え?」

ゆうやけはこやけの顔を覗き込んで、もう一度言った。



好き、ってそういう意味?


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