小説5

□6
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こやけはテレビをつけたまま、上機嫌で夕食を作っていた。今日はゆうやけの好物のビーフシチューだ。ゆうやけが喜ぶ顔が目に浮かぶ。テレビはちょうど夕方のニュースの時間だった。

『――…俳優の原祐也さんと…』

ふと、ゆうやけの名前が聞こえた気がしてテレビに目を遣る。
そしてこやけは、手に持っていたお玉を落とした。


から醒めた夢 #6



「祐也」

その頃、収録を終えて楽屋に戻ったゆうやけの元に、マネージャーの宇内乃理子がやってきた。

「マネージャー、お疲れ様です」
「…お疲れ様」
「…どうかしたんですか?」

ゆうやけが問うと、乃理子は溜め息を吐いた。

「その様子じゃ、知らないみたいね」

と言って、乃理子は手に持っていた週刊誌を机に広げる。その記事の見出しを見て、ゆうやけは目を丸くした。

『原祐也&肥田木美空、熱愛発覚!? 深夜の路上で大胆キス!』

「これ…」
「身に覚えは?」
「…ある…けど、熱愛は誤解です! あれは美空が酔って…! っ…しかもこれ口じゃないし…!」
「それは、私じゃなくてマスコミに言ってちょうだい」
「……」
「まあガセならいいんだけど、せっかく今売れてきてるんだから、今後はこんなことがないように気を付けてよ」
「…はい」

それだけ言うと、乃理子はドアを開けた。

「マネージャー」

出て行こうとした乃理子を、ゆうやけは呼び止めた。

「何?」
「もし…俺に本当に恋人がいたら、どうなります?」
「…何? いるの?」
「いえ…いないですけど」
「…そうね。いたらいたで、バレなければ構わないわよ。バレなければね。でも、今回のことで分かったでしょう? 芸能人がバレないように恋愛するなんて、簡単じゃないわよ」

そう言い残して、乃理子は出て行った。

「……」

ゆうやけは乃理子が残していった週刊誌に目を遣る。大きく載せられたキス写真。実際美空がキスしたのは頬だったというのに、上手い具合に唇を重ねているかのように撮られていた。

「…バレなければ、か…」

ふとゆうやけの脳裏に、こやけの顔が浮かんだ。

「…こやけ、知ってんのかな…」

ゆうやけと出会う前のこやけだったら知る可能性は低いが、今はこやけも普通にテレビを観る。報道されていれば観ているかもしれない。

「どうしよう…」

呟いてゆうやけは我に返る。どうしよう? 何がどうしようなんだ? こやけに知られると何か不味いことでも?

「……」

するとそこで携帯が鳴り出した。開くと、“美空”と表示されている。

「もしもし?」
『あ、祐也? …あのニュース、見た?』
「…俺とお前の熱愛?」
『っ…ごめん! 酔ってて覚えてないんだけど…アレ、私がしたんでしょ?』
「…うん」
『ホントにごめんなさい…!』
「別に気にしてないよ。口じゃないし」
『あ…そうなの?』
「ほっぺただよ。なんか口に見えるように撮ってあるけど」
『なんだ…そうだったの。よかった…でもこれから否定して回らなきゃね』
「そうだな」
『…なんなら、ホントに付き合っちゃう?』
「…え?」

ゆうやけは思わず携帯を落としかけた。今何と言った?

『否定して回るのは面倒臭いけど、肯定するのは楽だわ』

ゆうやけの頭に、再びこやけが浮かぶ。

「……いや、やめとくよ」

次の瞬間、ゆうやけは自然にそう言っていた。

『何、好きな子いるの?』
「いや……いや、いる。その子だけは、悲しませたくないんだ」
『…ふぅん。なら、こんな報道なんかされないように気を付けなさいよね』
「そうするよ」

電話を切って、ゆうやけは机に伏せた。

「何やってんだ…俺…」

いつも笑顔でゆうやけを出迎えてくれる。時にゆうやけを優しく包み込み、時にゆうやけに真正面からぶつかってくる。
こやけがいると、家に帰るのが楽しみになる。1人で暮らしていた頃より、安らげる空間がある。

「こやけ…」

今更気付いてしまった。
自分はこやけが好きだということに。





料理を終えたこやけは、リビングのソファに座っていた。先程のニュースが頭から離れない。肥田木美空といえば、まだこやけがここに来たばかりの頃エレベーターで会った女優だ。つまり同じマンションに住んでいる。ゆうやけも随分と親しげなようだったし、付き合っていてもおかしくはないだろう。しかし。

「なんでこんなに…ショックなんだろ…」

こやけは呟いた。一緒に住んでいるのに、ゆうやけが教えてくれなかったのがショックなのだろうか。いや、そんなことではない。本当は薄々分かっていた。

“こやけちゃん、その人のことホントに好きなのねぇ”

みことの言葉が、ふと頭をよぎる。

「…好き」

そう、好きなのだ。ゆうやけのことが。

「気付いたときには、失恋かあ…」

呟いたこやけは、そのままソファにもたれた。そのとき、玄関が開く音がした。ゆうやけが帰ってきたのだ。こやけはガバッと起きて立ち上がる。やがてリビングの入口からゆうやけがやってきた。

「あ…お帰りなさい」
「ああ…ただいま」

そして2人とも黙る。

「あっ、今日! 私ビーフシチュー作ったんだよ! 今あっためるね!」

こやけは作り笑いを浮かべながらキッチンへ移動する。

「ああ…ありがとう」

ゆうやけはそんなこやけの背中に言い、ソファに座った。それからまた沈黙が続く。

「なあ、こやけ」

少しして、ゆうやけが呼びかけた。

「ん?」
「ニュース…見たか?」

こやけの手が一瞬止まる。しかしまたすぐに動き出した。

「…ゆうやけさんが肥田木さんと付き合ってるってやつ?」
「…ああ…でも、違うんだこやけ! 俺と美空は付き合ってなんてない!」

ゆうやけは立ち上がって言う。こやけは再び手を止め、ゆうやけを見た。

「え…?」
「あれは美空が酔ってしただけで…しかもうまく口に見えるように撮ってあったけど、実際美空がしたのはほっぺたなんだ」
「…そうなの?」
「ああ…だからあれはガセだ。誤解だよ」
「…そうなんだ」

こやけは少し安心したように呟いた。

「…着替えてくる」

言ってゆうやけは自室へ向かう。

「なんだ…」

ゆうやけがいなくなってから、こやけは呟いた。そしてほっとしたような笑みを浮かべる。

「よかったぁ…」

こやけは笑顔で皿を用意し、ビーフシチューをよそう。
ゆうやけが戻ってきたときには、既にテーブルに食事が並べられていた。

「おお、凄いな! これ全部1人で作ったのか!」
「まあね」
「お前やるなあ」

ゆうやけは嬉しそうに席に着く。それを見てこやけも嬉しそうにする。

「いただきます」

ゆうやけがビーフシチューを口に運ぶのを、こやけはじっと見守る。

「…どう?」
「うん、うまい!」

こやけはほっと一息吐いて、自分も食べ始めた。

「よかったー初めて作ったんだよビーフシチュー」
「えっまじ!? すげぇよ! 才能あるってお前!」
「いやいや、それほどじゃないでしょ」
「ホントだって! お前の料理毎日食べれたら幸せだよ」
「じゃあ、毎日食べる?」

ゆうやけの手が止まる。

「え…?」

こやけも手を止めて顔を上げた。

「え? あっ! いや、だって一緒に住んでるんだし! 1人で待ってても暇だし!」
「あっああ…そうだよな…お前さえよければ、そうしてくれよ」
「う、うん!」

そして2人はぎこちない動作で食事を再開した。



芽生えた恋心。


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