小説5

□4
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『雛鳥! なんでお前が…!』
『だって!! こうするしかっ…』

「……」



から醒めた夢 #4



「…ただいま」

後ろから声がして、こやけは慌ててテレビを消す。

「をあっ! おっおかえりゆうやけさん!」
「今何観てた?」
「えっ!? いっいや何も観てないよ!?」
「嘘吐くな。『出口のない夢』観てただろ」
「うっ」

『出口のない夢』は毎週水曜日に放送しているドラマだった。ゆうやけは栗林瑛希という役で出演している。主演だ。

「俺が出てるやつは観るなって言っただろ?」
「だって…面白そうだったし…」
「…はあ」

ゆうやけは溜め息を吐く。そして隣の部屋へ消えていった。こやけは机に伏せる。そしてテレビの中のゆうやけを思い出した。優しく微笑む好青年。

「…テレビと全然違うじゃん…」

こやけは呟いた。家にいるゆうやけは、基本的には無愛想だ。たまに笑うが、テレビの中の笑い方とは違う。テレビのゆうやけはもっと爽やかに笑う。家にいるときのゆうやけには、爽やかさが足りないのだ。

「やっぱり私がいるのが嫌なのかなあ…」

しかし出て行こうとしたこやけを引き留めたのはゆうやけだ。『お前がいると安心する』。確かにゆうやけはそう言った。

「安心してるようには見えないけど…」
「何か言ったか?」
「ひゃっ!」

こやけは慌てて振り返る。部屋着に着替えたゆうやけが立っていた。

「ちょっ、いきなり話しかけないでよ! びっくりしたー!」
「いや、悪い…脅かすつもりじゃ…」

言いながらゆうやけはキッチンへ向かった。

「何だ? 何か不安なことでもあるのか?」
「…ないよ、何も」
「そうか…バイトはどうだ? うまくいってるか?」
「うん、順調だよ」
「……」
「……」

会話が続かない。一緒に暮らし始めて3ヶ月は経っているというのに、未だにこんな調子だった。

「…ゆうやけさん」

こやけは料理をするゆうやけに呼びかけた。

「ん?」
「ゆうやけさんは、共演してる女優さんを好きになったり、しないの?」
「…は? 梶原のことか?」
「いや、梶原さんに限った話じゃなくって…今までに共演した女優さんとかさ! ほら、女優さんってみんな綺麗じゃん! 恋人役なんてやってたらホントに好きになっちゃったりしないのかなぁって」
「まあ確かにそういう話はよく聞くが…俺は今のところないな」
「そうなんだ…」
「なんだ?」
「いや、ゆうやけさんの恋愛話、聞いてみたかっただけ」
「ないぞ」
「え?」
「恋愛はしたことがない」
「っえぇぇ!?」

こやけは驚いた。こんなかっこいい人が恋愛したことがないなんて勿体ない、と言った風に。

「そんなに驚くか?」
「いや、だってそんなかっこいいのに…!」
「顔しか見ないだろ、みんな」

こやけは黙った。ゆうやけが続ける。

「顔目当てで告ってくるような女には興味がない。ああいう奴らは顔がよければ誰だっていいんだ。俺じゃなくても」
「……」
「女なんてみんなそうだ」
「……私も、女だよ…?」

ふとゆうやけが顔を上げてこやけを見た。

「お前のことは女だと思ってない」
「えっひどい!」
「いや、いい意味でだ」
「その言葉にいい意味なんてあるの!?」
「あるよ、一応」
「一応!?」





「ゆうやけさん」
「ん?」
「明日は何時に帰ってくる?」

ご飯を食べながら、こやけは言った。

「そうだな…明日の撮影は割と楽だから7時前には帰ってくるな」
「よかったら明日は、外に食べに行かない?」
「え?」

ゆうやけは箸を止める。

「ほら、いつも仕事から帰ってきて疲れてるのに、2人分作らせちゃって、私は手伝いもできないし…たまにはいいかなって!」
「こやけ…」
「されるばっかりは嫌なの。私だって何か返したい。家借りる為に貯めた分のお金も結局使わなくなっちゃったし…ちょっとは余裕あるから。私に奢らせて」

こやけが真剣な表情でゆうやけを見る。

「…分かった」

ゆうやけは頷いた。





翌日2人が行ったのは、最寄り駅の近くにあるイタリア料理店だった。

「結構芸能人がプライベートで来るところなんだ。個室もあるし」

ゆうやけが言う。

「へぇ…」

初めて入るお洒落な雰囲気の店に、こやけは緊張する。当然のように個室に通される。

――顔パスだっ!

こやけは目の前の人物が芸能人であることを再認識していた。テレビでゆうやけの姿を見て、本当に芸能人なのだと感じることはあったが、こうやって目の前で芸能人を実感するのは初めてだった。そういえば、ゆうやけと一緒に外に出たのはこれが初めてだ。
椅子に座ると、メニューを渡される。

「大丈夫か?」

店員が去ったところで、ゆうやけが問いかける。

「え? 何が?」
「いや、様子がいつもと違うなと思って」
「ああ、まあ…ね。こんなとこ来たの初めてだから、緊張しちゃって」
「…そうか」
「何がいいかなあーオススメとかある?」
「オススメか…そうだな…俺はズワイガニのトマトクリームパスタとか好きだな」
「ズワイガニの…をっ高っ!」
「こんなもんだよ」
「あ、そうか…」

こやけは再びゆうやけが芸能人であることを思い出した。

「その代わり味は保証するよ。…払えるか?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ何にする?」
「んー私ズワイガニのやつにする。ゆうやけさんがオススメしてくれたやつ」
「おう。じゃあ俺はボンゴレビアンコで。ワインはどうする?」
「あー…私、未成年だよ?」
「…ああ、そうか」
「ごめん」
「いや、いいよ。別に飲みたいって訳じゃないし」

ゆうやけは笑わない。テレビの中では、何を言うときでも微笑んでいるのに。やはり本当は飲みたいのではないかと思ってしまう。

「ゆうやけさん、本当は飲みたいんじゃない?」
「? 何で? 別に飲みたいって程じゃないけど」
「…そっか」
「すいません」

ゆうやけが店員を呼ぶ。そしてさっと注文してしまった。場慣れしたその雰囲気に暫し見とれる。店員が去ったあと、ゆうやけがそれに気付いた。

「どうした?」
「へっ!? あ、いや、何でもっ!」
「?」

ゆうやけは首を傾げた。






「ごちそうさま」

店を出てすぐ、ゆうやけがこやけに言った。

「いやっこっちこそありがとう! 楽しかった」

こやけも返す。

「あれー? ゆうやけじゃね?」

そのとき、横から声がした。見ると、男が2人立っている。

「…福家」
「やっぱゆうやけだー久しぶりじゃーん元気?」
「何? 湖雨、知り合い?」
「ああ、高校のときのダチだよ。な? ゆうやけ」

ゆうやけは黙ったままだ。

「ゆうやけさん?」
「なんだよ彼女まで連れてさーよかったなあゆうやけ」
「……」
「なんだよ黙りこくって。彼女はこんな無口ヤローのどこがいいワケ?」
「え?」

こやけは湖雨を見て言う。湖雨は気付いていないのだろうか。ゆうやけが芸能人の原祐也だと。

「こんなブアイソーで口下手な奴よりさ、俺の方がよくねぇ?」
「言えてる」

隣の男も言う。

「無愛想で、口下手…?」

こやけは呟いた。何を言っているのだろう。ゆうやけは爽やかで笑顔の似合う好青年だ。

「高校のときからこうなんだぜ? 顔はまあまあだけどブアイソーでモテねぇしさ、お前に告る女も顔目当てだったよな? んでつまんないって言われてすぐ別れてたっけ?」

男は笑う。ちらっとゆうやけを見ると、辛そうに目を伏せていた。こやけは目を見開いた。言ってほしくない、という顔。知られたくない真実だと。

「ゆうやけさん…」

こやけが呟くと、ゆうやけは走り出して去ってしまった。

「えっゆうやけさん!?」
「うわ、逃げやがったよカッコ悪ー」
「よく女置いて帰れんな」
「あのっ私帰ります。失礼します!」

こやけも去ろうとすると、湖雨に手首を掴まれた。

「まーまー待てよ。アイツ帰っちゃったんだしいいじゃん」
「そーそー俺らと遊ぼうよー」

こやけはすぐに手を振り払う。そして振り返った。

「ふっざけんな!」
「へっ?」

湖雨は間抜けな声を出す。

「ゆうやけさんよりアンタの方がいい? 何バカなこと言ってんだ! アンタなんかに何の魅力も感じないわ! 無愛想が何よ、無口が何よ!? 少し不器用なだけでしょ!?」

こやけは叫ぶ。そして自分が言ったことにハッとした。

「…意味分かんねぇ。行こうぜ」

2人は不機嫌そうにその場を去る。こやけは呆然としたままだ。

「不器用なだけ…」

そうか。ゆうやけは不機嫌だった訳じゃない。“お前といると安心するんだ”と言ってくれた。安心するということは、素の自分を出せるということだろう。本来の、不器用な自分を。

「なんで気付かなかったんだろう…」

これが彼の本当の性格なのだ。テレビの中の爽やかな青年は恐らく演技。芸能人の原祐也に過ぎない。だから湖雨も気付かなかったのだろう。

「ゆうやけさん…」

こやけは再び呟いて、走り出した。





家に着くと、ゆっくりとドアを開ける。もしかしたら締まっているかもしれないと思ったが、鍵は開いていた。こやけはホッと一息吐く。そして中に入った。リビングへ向かうと、ゆうやけは電気もつけずに机の傍に座っていた。

「…ただいま」

電気をつけて、こやけは言った。ゆうやけはゆっくりとこちらを見る。

「…おかえり」

そして小さく言った。

「ゆうやけさん…」
「何も言うな」

こやけの言葉を、ゆうやけが制した。ゆうやけは顔を背けてうずくまる。

「聞きたくない」

小さくなって小さく言ったゆうやけに、こやけは近付く。そしてゆうやけの傍に膝をつき、そっと抱き込んだ。こやけの腕の中で、ゆうやけが顔を上げる。

「こやけ…?」
「何も言わないで」

同じようにこやけがゆうやけを制す。

「弱音は聞きたくない」
「……」
「ゆうやけさんはゆうやけさんのままでいいから」

ゆうやけは少し体勢を変え、こやけの背に腕を回した。

「…もう少し、このまま…」

ゆうやけが小さく呟く。こやけはゆうやけを抱き締める力を強めた。

「いつまでも」







『雛鳥…!!』
『瑛希…? なんで…』
『何処までもお前について行くよ。たとえこの先何があろうと』
『瑛希…』


「…ただいま」
「ひやっ!」

こやけは慌ててテレビを消す。

「おっおかえり!」
「そんなニヤニヤしながら観るシーンか?」
「えっ!? ニヤニヤしてた!?」
「してたぞ」
「いやっ…だって、嬉しいんだもん」
「…嬉しい? 瑛希が雛鳥の共犯になることがか?」
「違うよ」

こやけは微笑んで言った。

「本当のゆうやけさんは私しか知らないんだなあって」
「……」
「考えてたら、ニヤけちゃって」

こやけが見ると、ゆうやけは頬を赤らめて立っていた。

「…ゆうやけさん?」
「っなんでもない!」

ゆうやけはカバンを下ろしてキッチンへ向かい、冷凍室を開けた。

「ゆうやけさん!? 何してんの!?」
「何でもない! ご飯作るんだよ!」
「着替えないの!?」
「っ着替えてくる!」
「ええっ!?」

ゆうやけは慌ただしく自分の部屋へ消えていった。

「……やっぱり分かんない」

こやけは首を傾げて呟いた。





2人だけの秘密。


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