小説5
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「明日一緒に帰らない?」
「…は?」
その瞬間、私は直感していた。そんな約束しなくてもいつも一緒に帰って(やって)るだろうが。なのにわざわざ私の誕生日にそんな約束取り付けてくるなんて、これは誕プレか告白、もしくはその両方がくる、と。ヤツの前ではひたすら鈍感少女に徹していたが、私はそんなに鈍感ではない。私は分かっていたのだ。
「…別にいいけど」
分かっていたからこそ、オーケーしたのだ。はっきりと断るために、区切りをつけるために。
遥名緑の恋 24
10月31日。私の17回目の誕生日。参観日で帰宅時間が曖昧になってしまっていたが、ここで先に帰って面倒臭いことになっても嫌なので、とりあえず校門で待った。しばらくしてヤツがやってくる。
「待っててくれたんだ」
と、少し嬉しそうにする。
「まぁね」
そして歩き始める。いつも通りに会話をしながら、いつくるのだろうかとドキドキしていた。それから少し歩いて、最初の信号に差し掛かったとき、ヤツがずっとポケットに突っ込んでいた手を抜いて、小さな袋を差し出してきた。
「はい」
「あ、ありがとう」
私は普通に受け取り、カバンに入れる。この場で中身は見たくなかった。そのまましばらくは普通に話をした。告白はないのだろうか。しかしこの雰囲気は告白されそうな予感がする。そして駅まであと5分程というところで「あの、遥名」と言われた。私は、ついに来た、と思う。
「何」
ヤツは覚悟を決めるような沈黙のあと、
「俺お前のこと好きなんだよね」
と言った。
「あ、そう」
私は大して興味もなさそうに答える。そしてヤツは立ち止まった。
「僕とお付き合いして下さい!」
と頭を下げる。
「ごめん」
歩きながら即答した。前日からもう何と言うか考えていたのだから、簡単だった。
「ですよねー…」
ヤツは頭を上げ、再び歩き出した。
「あたしの何処が好きなワケ?」
前回とは違って告白されることが分かっていたため、私は冷静に対処できた。ヤツは私の好きなところをペラペラ喋り出す。
「まあとりあえず、ありがとう」
と言っておいた。硝くんに告白されたとき、“ありがとう”と言えなかったことをずっと後悔していたのだ。続いてヤツは、「断る理由聞いていい?」と言ってきた。
「好きな人いるから」
好きな人がいなくても、答えは同じだっただろうが。友達としてはまあいいが、コイツと付き合うなんて考えられなかった。有り得ない。
「誰?」
「……」
「同じ学校?」
「そうだけど」
あの、高文祭の日のように、今度は私が聞かれる。
「同じ学年?」
「そうだよ」
「同じクラス?」
「アンタのクラス」
「誰?」
「……」
「去年E組だった奴?」
「そうだよ」
「誰だよ…花内? とあ、有藤和輝?」
「違うけど」
ちなみに有藤和輝はパパの好きな人だった。私はあまり好きではない。
「あと誰だ? 大久保とー…侑?」
私はドキッとした。
「…侑って誰?」
「誰って、白川侑だよ」
「ああ…」
「…侑?」
「…そうだけど」
「侑か…」
ヤツは溜め息を吐いた。丁度駅に着く。そのまま私は、目の前に停車している電車に乗る。この駅が始発だった。
「じゃ」
これで、終わったと思っていた。
家に帰って袋を開けると、緑色のクローバーのストラップが入っていた。いつか帰っているとき、ヤツが訊いてきた“好きな色”が、しっかりと反映されていた。
翌日、月の始めの日なので、全校集会があった。チラッとヤツを見てみると、ヤツは目に見えて落ち込んでいた。その姿に、少し罪悪感が生まれてしまう。しかししばらくしてもう一度ヤツの方を見ると、何でもなかったかのようにクラスメイトと笑って話していた。私は少しホッとした。
そして5日後、ヤツは見事に復活を遂げてしまった。再びついてくるようになったのである。それどころか発言がエスカレートしていた。気持ち悪い。しかしフッてしまった相手だからか、私も同じような恋をしているからか、拒否するのは悪い気がしてしまってそのまま一緒に帰っていた。
パパにも美画ちゃんにも柚木にも、色々な人に止められた。それでも私は、一緒に帰ってやるくらいならなどと考えてしまっていた。
そして11月の下旬には「俺諦めんわ」などと宣言され、ついに、みんなが心配していたことが起こってしまった。
「……」
ヤツと駅の椅子に座って話しているとき、侑が通りかかってしまったのだ。私はサァっと血の気が引くのを感じた。すぐに3番乗り場で電車を待っていたパパからメールが来る。
“あーあ。侑通ったね”
侑が乗り場に来たことで察したのだろう。そう書かれていた。どうしよう。私は考える。侑は通るとき確かにチラッとこちらを見た。大して気にはしていなかったようだが。でももし侑にヤツと付き合っているなどと誤解されたら…絶対に嫌だ。
ヤツと別れて電車に乗り、座って考えていると、亜莎実の言葉を思い出した。
『クリスマス誘っちゃえよー!』
『えー…いや、でもそれは流石にさー…』
『いいじゃん別に! イルミネーションとかさあ』
イルミネーション。去年まだメールを始めたばかりの頃、侑がイルミネーションの話題に異様に食いついてきたことを思い出す。いつも1行、多くて2行しか来たことがなかったのだが、イルミネーションの話題を振った途端4、5行返ってくるようになったのだ。あのときは本当にびっくりした。
ヤツと付き合っていると誤解していたとしても、遊びに誘えば誤解が解けるかもしれない。イルミネーションだったら、オーケーしてくれる可能性が高い。しかし確か、毎年友達と見に行くと言っていた。もう予定があるかもしれない。なら早めに確認して予約しなければ。次の日曜日にでも。
“今年イルミネーション見に行く予定ある?”
そして日曜日、早速そうメールした。あると返ってきたらどうしようか考えていると、“ないよー”と返ってくる。私はホッと一息吐いた。
“私今年イルミネーション見に行きたいんだけどよかったら一緒に行かない?”
“何人で?”
ドキッとした。侑は複数で行くと思っている。やはり勉強会とは違い、2人きりでなんて、ましてイルミネーションなんて、嫌なのだろうか。しかし私は頑張ることにした。ここで退くわけにはいかない。
“2人じゃダメかな?”
送って私は必死で祈った。うまくいきますように。そして返信がくる。
“いいよー”
嬉しかった。2人きりで構わないと言ってくれたのだ。私は“何処のイルミネーションがいいかな?”と尋ねる。“何処だろうねー”と返ってきた。
色々な人にメールして、オススメのイルミネーションスポットを訊いた。そのうち有藤瑛から、“ウチはフローランテ行くよー”と返ってきた。瑛は3年生の先輩と付き合っていた。テレビを観ていると、時々フローランテ宮崎のCMが流れた。
確かに綺麗だ。
次の週の日曜日、“フローランテは?”と尋ねる。“いいよー”と返ってきた。
“日付なんだけど、23日はどう?”
今年は23日が日曜日、そして24日が振替休日だった。しかしやはりイブは流石に引くだろう、と考えてのことだった。
“いいよー”
私はホッと一息吐いた。23日が楽しみだった。
そして迎えた23日。まだ集合時間が決まっていなかったので、侑に“今日どうする?”とメールを送る。するとしばらくして、返信がきた。
“ごめん
今日元中の友達と集まることになった;
明日じゃダメかな?”
私はパニクっていた。私より友達との集まりをとることがショック…のような、でも明日、ということはイブだ。クリスマスイブ。私が流石に引くだろうと思ってやめたイブだ。
「いいの…イブで…?」
そして友達にメールで報告する。“よかったじゃん!”と皆がメールをくれた。そんな中で瑛から“ウチらも明日フローランテ行くよ! 会えるかもね!”と返ってきた。
そして翌日、クリスマスイブ。私は水無と2人でパパの家に行った。当初からイブは、パパと水無と美画ちゃんと4人で、パパの家でバトルロワイアルを観る予定だった。クリスマスイブにである。この予定を変える訳にはいかない。お母さんにはそのあとパパ達とイルミネーションを見に行くと伝えた。バトロワを見終わったあと、お母さんがパパの家まで水無を迎えに来ることになった。3人で見に行くと言っているのにパパが家を出ないと不自然なので、私達は3人で駅へ向かった。
侑とは、16時に蓮ヶ池駅で待ち合わせだった。
駅に着くと、1人男が立っているのが見えた。侑だ。侑はパパと美画ちゃんを見て驚いた顔をしていた。私は侑に近付く。初めて見る侑の私服はカッコいい。少し寒そうだが。
「こんにちは」
「こんにちは」
そんなぎこちない挨拶をし、私達は歩き始めた。パパと美画ちゃんに別れを告げる。
「一緒にいたの?」
「うん」
「そうなんだ」
「うん」
「寒いねー」
「うんー寒い」
恐らくは侑の方が寒いだろう。私はコートを着てマフラーを巻いて手袋までしていたが、侑はマフラーのみで薄着だった。そんな格好で寒い中を、私達は歩き続ける。しかしまたしても話題がなく、ほとんど無言だった。たまに思い出したように喋ってはすぐに会話が途切れる。それを何度か繰り返し、ようやくフローランテに着いた。
入口で侑が財布から千円札を取り出す。
「2人分ですか?」
受付の女性が訊ねた。入場料は1人500円だった。私はえっ? となる。侑もえっ? という顔をしていた。何を言ってるんだこの人は。しかし向こうは向こうで気を利かせたのだろう。今日はクリスマスイブだ。クリスマスイブに、カップルでもない男女が2人でイルミネーションを見にくるなど、一体誰が想像できるだろうか。しかし残念ながら、私達はカップルではないのである。
「あ、はい」
侑は受付の女性に対し、あっさりと言った。私は再びえっ? となる。2人分? 私が困惑している間に、侑は2人分のチケットを受け取っていた。
「はい」
そして1枚を私に渡す。
「ありがとう」
侑は中へと歩き出した。え、あれ? お金は? と私はまた困惑する。中に入ったが、イルミネーションはまだ点灯していなかった。17時30分点灯らしい。あと10分程あった。私達は建物の2階に上がり、園内を眺める。カップルツリーが見えた。大きなツリーと小さなツリーが2つ並んでいるのだ。CMで見たとき、これだ! と思った。これが見たかったのだ。侑と2人で。やがて30分になり、園内のイルミネーションが一斉に点灯した。
「わあー」
思わず感嘆の息を洩らす。
「回ろっか」
侑に言われ、私達は園内を回ることにした。
「うん」
建物がイルミネーションで覆われていたり、動物の形をしたイルミネーションがあったり、本当に綺麗だった。そしてそれを侑と見れることが、この上なく幸せだった。侑は「寒くない?」「写メ撮らなくていい?」など私を気遣ってくれ、それがまた嬉しかった。そして園内を1周し終えようとしていたそのとき。
「みどりちゃん! みどりちゃん!」
呼ばれて見ると、瑛が手を振っていた。隣には彼氏がいる。
「おー!」
私も手を振り返す。きっと幸せそうな顔をしていただろう。
「知り合い?」
侑が言った。
「うん、うちのクラスの子」
私は答える。そしてカップルツリーの前に戻ってきて、1周が終わった。
「どうしよっか」
「うーん…」
カップルツリーを眺めながら、しばらくの間2人黙る。そして私は思い出した。
「あっお金!」
財布を取り出す。
「いや、いいよ」
侑はさらりと笑って言った。
「えっ…あ、ありがとう」
奢ってもらってしまった。たかが500円、されど500円。優しすぎる。
「もう1周する?」
「あ、じゃあ今度はこっちから行こう」
私はさっき私達が帰ってきた方を指差す。
「うん」
そして私達は、反対回りに1周し始めた。回っている途中で、18時50分から花火があるというアナウンスが流れた。
「花火見てから帰ろっか」
侑が言う。
「うん」
前回の勉強会のときは、侑の歩幅に置いて行かれそうになった。だから今回は置いて行かれそうになったらいっそ腕を掴んでしまおうかと思っていた。しかしである。侑は置いて行かなかった。時々私がちゃんとついてきているか確認して、合わせてくれたのだ。少し残念でもあったが、やはり嬉しかった。沢山のカップルで溢れるこの人混みの中なら、はぐれないように、を理由にして手を握ることも可能だった。しかし流石にそこまでの勇気は、私にはなかった。
再び1周し終え、私達はカップルツリーの前で花火を待った。黙ったまま、2人でカップルツリーを眺めていた。そして花火も終わり、私達は帰路に着いた。駅までの道のりを、また2人無言で歩く。駅に着くと、やはり2人で黙ったまま電車を待った。やがて私の乗る電車がきて、乗ってから侑を見る。侑が手を振って、私も振り返した。
本当にカップルになれたような、そんな幸せな一時だった。
私の、最期の幸せだった。
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