小説5

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平穏な冬休みが過ぎ、2008年になった。1月の下旬には修学旅行があり、みんなそれを楽しみにしていた。


遥名緑の恋 25


修学旅行当日、早工の2年生は宮崎空港に集まっていた。そして飛行機に乗り、羽田空港へ向かう。そこからバスで長野へ向かった。
ホテルに着き、携帯の電源を入れる。一応校則では携帯は禁止なので、ここまで取り出せなかったのである。

“空港で見かけなかったから来てないのかと思って心配したぜ”
「うわっ、華田からメール来てる」
「えっマジで?」
「こんなときまで…」
「しかも内容キモッ!!」

同じ部屋のメンバーからも悲鳴が上がる。そんな中、とりあえず返事をしてやった。するとしばらくして、画像が添付されたメールがくる。

「きゃー!!!」

私は悲鳴を上げた。ポータブルのゲームをしている侑の写真だった。隠し撮りである。ヤツは侑と同じグループで、当然部屋も一緒だった。侑の後ろに花内まで写っているのが少し不快だったが、侑が可愛いので許す。上機嫌になった私は、そのままヤツとのメールを続けてやることにした。



2日目からはスキー研修だった。チラッと侑のグループの方を見るが、皆同じ格好な上ニット帽を被ってゴーグルもつけているので、どれか分からない。それにヤツがこっちを見ているような気もしたので、あまり見ないことにした。
4日目には再びバスに乗り、東京へ戻った。五反田のホテルに着いたらそのまま自主研修の予定だったのだが、バスが渋滞で中々進まず、開始時刻が予定より大幅に遅れてしまった。それなのに終了時刻に変更はないというのだから酷すぎる。私達は急いで五反田駅へ向かった。
切符売り場で料金を見ていると、侑達のグループもいた。そして同じ電車に乗った。侑達は何処へ向かっているのだろう。私達は秋葉原駅で降りた。侑達も秋葉原駅で降りた。目的地は一緒だったのである。早工はオタク率の高い学校なので、自主研修のルートにアキバを入れているグループがほとんどだった。
改札へ向かうと、私の2人前に侑がいた。私の前にいるのはパパだ。侑は改札に切符を入れ、出てくるのを待っていた。当然だが、ちょうどの金額の切符を買ったのに出てくる訳がない。どうやら侑は東京に来るのは初めてらしかった。

「出てこないよ」

見かねたパパが不機嫌そうに言う。パパは侑のことがあまり好きではなかった。

「あ、そうなんだ」

侑は漸く改札を抜けた。同じように改札を抜けたあと、パパは振り返り、「ごめん遥、喋っちゃった」と言った。

「いや、いいけど…」

終了時刻に少し遅れてしまったり、多少のアクシデントはあったものの、無事に自主研修は済み、4日目は終わった。5日目は最終日、皆が楽しみにしているディズニーランドだった。私は絶叫系に乗りたいのだが、友達は絶叫系が苦手な人が多く、私は美画ちゃんと2人だけで回ることになった。本当はみんなで回りたかったがしょうがない。2人で絶叫系に乗りまくった。するとカリブの海賊から出てきたところで、ヤツに会った。侑には全然会えないのに。運が悪いなあ、と思う。ヤツは、カリブの海賊の土産物屋で買ったと思われるドクロ柄のバンダナをしていた。

「うわ、何それアンタ」
「いいだろ別に」

私と美画ちゃんは少しの間ヤツのバンダナを引っ張って遊んだあと、その場を離れた。
結局侑には会えないまま、ディズニーランドを離れることになった。そうして修学旅行は終わってしまったのだ。





土日を挟んで月曜日。1月28日。
先週は修学旅行だったので、部活は1週間振りだった。今日の部活には、美画ちゃん、パパ、そしてヤツが来ていた。顧問も呼んできて、どちらかというと雑談タイムだ。私は自転車に荷物を縛る為に紐を持っていたのだが、最近はあまり自転車に乗らなかったので全然使っていなかった。しかし、カバンの中にはいつも入っていた。その紐を使って、からかうようにヤツの首を狙っていたのは私だった。

「なんだよ、殺す気か!」

そのときの空気は完全に冗談だった。私も笑っていたし、パパも美画ちゃんも笑っていたし、顧問も笑っていたし、ヤツも笑っていた。そしてヤツは、私の手から紐を奪った。

「あー!」

奪われたので、私は諦めて席に戻る。いや、戻ろうとした。戻ろうとしたのだが、戻れなかった。私は引き止められていた。紐に。
首にかかった、紐に。
頭の中が真っ白だった。
席に戻ろうとして振り返った直後、紐が目の前を横切ったのは見た。そしてその紐は首に巻かれ、強く絞められた。
何が起きているのか分からず、冷静な頭で、正面にいる美画ちゃんを見た。美画ちゃんは、笑っていた。横にいるパパも同じように笑っている。まだ冗談だと思われているのだろうか。ヤツはどんな表情をしているのだろう。私には見えない。2人が冗談だと思っているのはきっと、私が無表情だったからだろう。苦しみもせず、助けも求めず、ただ無表情で静止していたからだろう。遠のく意識の中、私はふと思い出した。前に読んだミステリー小説の中で、後ろから吊り上げるように絞めれば1分もかからない、と主人公が言っていた。
ヤツの身長は180cm、私の身長は145cm。立ち上がってしまえば、嫌でも吊り上げる形になっていた。

ああ、私はこれほどまでに、運が悪かったのか。


「いい加減にしなよ、華田」

意識が途切れる直前、美画ちゃんがそう言ったのを聞いた。

遅いよ…美画ちゃん。

ヤツが力を抜いて、私はそのまま前に倒れた。

「…緑? 緑!?」

そのあとみんなでそう呼んだらしいけど、そこまでは知らない。





これが私の一生。
享年17歳。生きてたら今年20歳。
ヤツがこのあとどうなったかは、知らない。
今も生きてたら、私はどんな人生を送ってたんだろう。次はどんな人に恋をして、どんな人に恋をされただろう。そしてどんな人と結婚しただろう。でも生きてたら生きてたで、ヤツのトラウマに苦しめられたかもしれない。それなら、どっちの方がマシだったんだろう。
私には、それを知る術はないけどね。


あ、そろそろ行かなくちゃ。
こんな話に付き合ってくれてありがとうね。
うん、また生まれるんだ私。
次の人生も、幸せな恋ができるといいな。

じゃあ、またあした。



end


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