小説3

□16
1ページ/1ページ

「遥名さん野村の事好きなの?」

ニヤニヤしながら後田が言った。本人の前で。過剰な反応をすれば向こうが面白がるだけだから無視したが、いい加減本気で殺したかった。奴のために犯罪者になるのは御免だったから殺らなかったが。
そんなとき聞こえてしまったのは、溜め息混じりに呟いた野村の声だった。

「また始まった」



名緑の恋 16



「緑知ってる? 硝くん樹亜ちゃんとヨリ戻したらしいよ」

多村さんがそう言ったのは、11月14日だった。その日野村は欠席だった。

「…えーそうなんだ」

平然を装って私は返した。実際心の中は穏やかではない。

「なんで今頃になってまたヨリ戻したんだろうねー」

多村さんと永依ちゃんはそう話している。確か硝くんが“キツい”と言って別れたのではなかったか。それなのに、付き合うのが“キツい”相手と復縁? 俄かに信じられなかった。
しかし休み時間。
理科室に移動するため振り返ると、そこには硝くんと井坂樹亜がいた。私の鼓動が早まる。

「……」

井坂樹亜は硝くんに手紙を渡す。私の目の前で。硝くんもそれを笑顔で受け取った。手を振って井坂樹亜が去っていく。硝くんもそのまま教室を出た。その間私は動けなかった。これでもう疑いようがない。2人がヨリを戻したというのは本当のことだった。



その翌日も、野村は欠席だった。野村はいないし、硝くんは井坂樹亜と楽しそうにしてるし、散々だった。
その翌日には、野村も学校へ来た。それだけで凄く嬉しかったし、いつも話すときは目を合わせたりしないのに、今日は私のことを見てくれて、本当に幸せだった。“僕には野村がいる”。そう思えた。
しかし、幸せだったのはそこまでだった。私は段々野村の顔色が悪くなっていることに気付いた。

「ねぇ、野村なんか顔色悪くない?」
「え? そう?」
「いつもあんな感じじゃない?」
「あ、平瀬さん、ねぇ野村顔色悪くない?」
「えーいつも通りじゃない?」

誰に訴えても聞いてくれない。結局それから1時間後、野村は早退することになった。

「野村顔色悪いねー」
「うんー大丈夫かなあ?」

野村が帰る直前、みんなが心配そうに口にしていた。私が1時間前に言ったときは誰も聞かなかった癖に。
放課後。私はいつも通り友情宅配を任された。このとき既に私は、先生からもクラスメイトからも公認の宅配係になっていた。今日は多村さんが一緒に帰れないため、永依ちゃんと2人で行くことになった。

「緑のは愛情宅配だね」

帰り際、ニヤニヤしながら多村さんが言った。
永依ちゃんと2人で校舎を出、自転車を押して門へ向かっていると、門の近くに硝くんがいるのが見えた。

「あ」

そして私達に気付いたようにこちらを見る。しかしその目は、明らかに私達より後ろを見ていた。私達は振り返る。そこには井坂樹亜がいた。私の鼓動が早鐘する。

「……」

私は思わず立ち止まってしまう。その間に井坂樹亜は私達の横を通り過ぎて硝くんの隣に行った。そして2人は歩き出す。
少しして、私もなんとか歩き出した。校門の前の横断歩道の向こうに、2人が見えた。仲良さそうに歩く後ろ姿は、“恋人”のようだった。まあ、恋人なのだが。
見なかった振りをして、私達は校門からすぐ右に曲がる。

「分かるよー辛いでしょ」

永依ちゃんが私の肩を叩いて言った。

「……」

じわっと目に涙が浮かぶ。私はそのまま歩き続けた。やがて野村の家に着く。玄関のドアが全開だった。

「……」

とりあえず、慣れた手つきでインターフォンを押す。するといつも通り江津子さんが出てきた。

「あらー今から病院に行くところだったのよ」

江津子さんが微笑んで言う。

「あ、そうなんですか。すいません」
「いいのよーいつもありがとう。ちょっと待っててね」

私からファイルを受け取って、江津子さんは家の中へ入った。

「…江津子さんが運転するのかな…?」

私は永依ちゃんに言った。野村の家の駐車場に停まっているのは大きなワゴン車である。お上品な江津子さんがこんなワゴン車を運転しているところなど想像がつかなかった。

「…でも江津子さんしかいないよね…江津子さんなんか使用人とかに運転させてそうなイメージだけど」
「超分かるー」

そんなことを言っていると、家の中から野村がひょっこりと顔を出した。

「あ」

そしてすぐに引っ込んだ。

「…何、今の」
「さあ…」

そう言っていると、江津子さんが戻ってきた。

「いつもありがとうね。これもらって」

そう言って江津子さんは私達に飴を差し出した。

「あ、ありがとうございます」

何度も訪問するうち江津子さんには逆らえないと学んだ私達は、素直にそれを受け取る。

「暁くん大丈夫ですか?」

永依ちゃんが尋ねた。最早定型文である。

「うんー今日は熱がなかったから学校に行ったんだけどねぇ…でも今から病院に行くから、薬飲んだら良くなると思うわ」
「あーじゃあお大事にー」

そして私達は野村の家をあとにした。



江津子さんはああ言っていたが、野村は翌日もその翌日も欠席だった。なので私達は、その週は毎日野村の家へ行くこととなった。相変わらず硝くんと井坂樹亜の仲は良好で、私としては本当になんでこんなときにアイツは休むんだという心境だった。
その数週間後。週直が1周し、席替えの日がやって来た。今回の席替えはくじ引きだ。もう野村の隣はいいというのが私の本音だった。後田、その他私の嫌いな男子でなければ、誰でもいい。私は運命のくじを引いた。
そうして引いたくじは、なんと硝くんの隣だった。よかった、と私は思った。しかし、「えー」と硝くんが呟いたのを、私は聞いてしまった。その言葉にどんな意味が含まれているのかは分からないが、ショックだった。
すると突然、ダンッと大きな音が響いた。皆が音のした方に注目する。その先には、後田と村隆司がいた。村くんは真面目で頭も良く、周りを小馬鹿にしているように見えることもあったが、基本的には大人しいイメージだった。その村くんが、普段の静かさからは想像もつかないような形相で後田に掴みかかっていた。
完全に我を忘れて暴走している。あらゆる人が仲介して必死で村くんを抑えた。
その後聞いた話によると、村くんが近くになったことに対して後田が嫌味を言ったのを、村くんが聞いてしまったらしい。この騒動で席替えは白紙に戻され、クラスの全員が席替えする気を失くしたため、その後卒業まで席替えは行われなかった。


その数日後。巡り巡ってまたあずけんが好きだった永依ちゃんが、再び涙することとなった。あずけんがまぁとヨリを戻したのである。

「緑ー!! 一緒に失恋カラオケ行こぉー!!」
「おーいいよー。歌ってスッキリしてあずけんは忘れな」

永依ちゃんに泣きつかれ、私達は2人で失恋ソングオンリーのカラオケに行くことになったのだった。



本当に色々なことがあった11月も終わり、12月がやって来た。その日は放課後、永依ちゃんと多村さんが委員会の作業をしていて、私はそれを手伝っていた。野村も永依ちゃん達と同じ委員会だった。作業はその日のうちには終わりそうになく、暗くなってきたので帰ることにした。

「あ、ねぇねぇ一緒帰ろう」

多村さんが野村に言った。

「おーいいねいいねー帰ろう」

永依ちゃんも乗り気だ。

「いいじゃん! 帰ろ帰ろー」

私も言う。

「まあ…いいけど」
「ホント!? やったー!」

野村が了承してくれたのが嬉しくて、私は踊り出しそうだった(勿論しないが)。
片付けと帰り支度をし、私達は学校を出た。野村と一緒に帰るのは初めてで、本当に夢のようだった。ドキドキし過ぎて、何を話したかも覚えていない。ただ、ただ幸せだった。
ただ、私の自転車がとても邪魔だった。せっかく永依ちゃんと多村さんが気を利かせて私と野村を隣にしてくれたのだが、私と野村の間にどうしても自転車がきてしまうのだ。作業は明日もあるので、きっと明日も一緒に帰れるはず。だから明日は野村と並べるように、歩いてこようと思った。



そして翌日。
昨日決意した通り、私は歩いて学校へ行った。帰りの会のあと、井坂樹亜がうちのクラスにやって来た。硝くんと何か話して去っていく。

「硝ー井坂なんだって?」
「今日ちょっと遅くなるんだって」
「へぇーどうすんの?」
「待ってる」

そんな会話を聞いてしまった。悔しかった。硝くんは恥ずかしがり屋で、そんな台詞が言えるような性格ではなかった。だから悔しかった。“待ってる”なんてそんな男らしい台詞言えるようになったんだ。随分大人になったんだね。だから、悔しかった。



放課後は昨日に続き多村さん達の作業を手伝う。そしてだいぶ日も落ちてきた頃、私は切り出した。

「野村っ、今日も一緒帰ろう!」
「えー」

野村は言う。野村がよくする反応ではあったが、昨日は割とあっさりOKしてくれただけあって少しショックだった。しかしそれは面には出さない。

「いいじゃん別に! 昨日も一緒に帰ったんだし!」

あくまで平然と私は言う。得意分野だった。

「えー」

それでも野村はやはり渋る。昨日のは本当に気紛れだったのだろうか。そのあと野村を説得しながら帰り支度をし、帰ろうとする野村についていった。

「いいじゃんーお願いー!」

私は野村のカバンを掴み、必死で野村を引き止めた。せっかくこのために歩いて来たのだ。なんとかして一緒に帰りたかった。私が野村と格闘しながらチラッと永依ちゃん達を見ると、2人はこちらを見ているだけだった。いや見てないで協力してよ! という心境だった。更にその隣で、後輩らしき男子2人がニヤニヤしながらこちらを見ている。見てんじゃねえよバカ共が! という心境だった。やがて野村がカバンを手放して逃走した。私はカバンを持って永依ちゃん達のもとへ走った。

「取った!」
「おー」

永依ちゃん達は拍手をしていた。そしてカバンを人質(?)にしたまま、昨日と同じく4人で帰ることとなった。不機嫌かと思ったが、話をすると割と普通に返してくれてホッとした。それどころか野村は、“てくてく”と効果音のしそうな調子で手を振って歩いていた。野村の家の前まで行くと、野村は「じゃあな」と家に入っていこうとした。

「えっ、野村! カバン!」
「ああ! 忘れてた」

と戻ってきてカバンを受け取り、野村は家に入っていった。



それから土日を挟んで月曜日は委員会があったため作業はなし、火曜日にはまた作業をした。この日でようやく作業も終わり、一緒に帰るのはこれが最後のチャンスだった。

「ねぇーまた一緒帰ろー?」
「今日は用事あるから無理」

野村は躊躇なく言い切った。しかしここで引き下がるような私ではない。

「用事って何? そんな急ぎな訳? てか家近いんだからいいじゃん! すぐじゃん!」

説得するが、野村は聞いてくれない。校舎を出ても、私達の攻防は続いていた。
しかし今日の野村は本当に頑固だった。私は必死にカバンを掴んで引き止めていたが、私の力が一瞬だけ弛んだ隙をついて野村はカバンを奪い返し、走って逃げていった。当然私はそれを追いかける。
しかし少し走ったあと、私は足を止めた。
本気で逃げる野村の後ろ姿を見ていたら、追いかける気が失くなった。

ああ、私は、

私はこれほどまでに嫌われていたのか。

野村の走り方は誰が見ても変だった。しかし、その走り方で野村は速かった。本気で逃げられたら、私では、もう追いつけない。野村だって知っているはずだ。
だからそれが、野村の最後の答えだった。


ああ、終わったな


野村の後ろ姿が見えなくなっても、私はその場に立ち尽くしていた。


17へ


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ