小説3

□壱
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「おいっ…どうするんだ…! 死んじまったぞ」
「まずいな…とりあえず雪山にでも埋めて…」


人なんて…
人間なんて…





今西蜜樹は大学入試を控える女子高生である。そんな彼女は夏のある日、学校からの帰り道で立ち往生していた。
男が1人倒れているのである。

「…あの、大丈夫ですか?」

蜜樹は揺すり起こそうと男に触れた。

「冷たっ…」

しかし男のあまりの冷たさに手を離す。

「えっえっ? し、死んでるのかな…警察…いや病院?」
「ん…」
「ひゃあ!?」

男の呻きに、蜜樹はそんな声をあげる。しかし起きる気配はない。

「…生、きてる…?」

蜜樹はカバンで男の顔をつつく。

「う…焼ける…」
「焼ける??」

確かに今日は記録的な猛暑だとテレビでも言っていたが。とりあえずは暑さで倒れているのだと、蜜樹はそう解釈した。身体の異常な冷たさについては目が覚めてからでも訊けばいい。

「で、この人をどうやって運ぶかだ…」

蜜樹は呟く。恐らく素手では触れない。触れたとしても、蜜樹1人では運べないだろう。

「今西?」

そのとき、後ろから声がした。蜜樹は振り返る。

「石川!」

同じクラスの石川だった。石川は自転車に乗っている。

「どうした? その人…」
「それだ!」
「え、何?」
「自転車!」
「自転車?」
「自転車貸して!」
「え? 何、運ぶの?」
「運ぶの!」
「何処に」
「あたしの家!」
「お前の家?」
「いいから早く貸して!」
「あ、ああ…」

石川は自転車から降りて停める。

「どうやって乗せるつもり?」
「なんか、こう…」

蜜樹はサドルを腹部にくたっと折れるような格好をした。

「きつっ」
「しょうがないじゃん!」
「まあな…自転車に乗せるの手伝った方がいい?」
「うん! お願い!」

蜜樹はカバンからタオルを取り出して男を掴んだ。

「…何、触りたくないの?」

石川が言う。

「触れないのこの人。冷たくて」
「…は?」

意味が分からず、石川は男に触れる。そしてすぐに手を離した。

「冷たっ!」
「でしょ?」
「え、何、死んでんじゃないの?」
「いや生きてる。さっきつついたら『焼ける…』って言ってたもん」
「焼ける!?」

蜜樹は石川の反応を無視して男を持ち上げようとする。石川も慌ててカバンからタオルを出し、蜜樹を手伝った。

「タオル越しでも…結構、冷たいよな」
「だって凍りそうだもん」

2人で男を自転車に乗せ、押し始めた。

「…この人起きたらどうすんの」
「それは…そのとき考える」
「はあ? 大丈夫なんそれで」
「だって分かんないもん。ただ助けたかっただけだから」
「……お前はそうだよな」
「? どういう意味?」
「お人好し、ってこと」
「…そうかなあ」

しばらくして2人は蜜樹の家の前に着いた。

「こっからどうすんの」

自転車を停めて石川が言う。

「私の部屋に運ぶ」
「どうやって?」
「…ちょっとここにいて」

そう言って蜜樹は家に入っていった。

「お母さーん! いないの?」

蜜樹は家の中に呼びかけるが、返事はない。

「お母さーん?」
「おかえりー」

母親の代わりに家の中から現れたのは、姉の頼子だった。

「あっお姉ちゃん! ちょっと手伝って!」
「何?」

頼子を連れて家を出る。家の前にいる石川に気付くと、「あ、こんにちは」と言う。石川も返した。

「何? 蜜樹。彼氏ができましたとかいう自慢?」
「違うよそっちじゃなくて!」

蜜樹は男が見えるように頼子を連れていく。頼子は、不格好に自転車に乗せられている男を見て「白っ」と言った。

「この人を私の部屋に運びたいの」
「…へえ」

頼子は呟いて、家の中に戻っていった。

「えっちょっとお姉ちゃん!」

蜜樹は慌てて追いかける。すると頼子は中からバスタオルを持ってきた。

「お姉ちゃん…?」
「何よ。要るでしょ?」

平然と頼子は言い、男の身体にタオルを巻いた。2人で持ち上げ、家の中へ運ぶ。

「今西! 俺もう帰っていいの?」

後ろから石川の声がし、蜜樹と頼子は振り返る。

「ああ、うん。付き合わせちゃってごめんね。ありがとう!」

そして家のドアが閉まる。石川は自転車に跨ろうとして、サドルが凍っていることに気付いた。

「げ! なんだこれ!」

蜜樹の家を見上げ、

「アイツ一体何者なんだ…」

と呟いて、石川は自転車を押して帰ることにした。





男が目を覚ますと、見たこともない景色が広がっていた。といってもそれは男にとってであり、実際はただの天井である。意識を覚醒させながらゆっくりと起き上がる。

「あ、おはようございます」

それに気付いた蜜樹が言う。蜜樹はベッドの傍に座って本を読んでいた。

「体調は大丈夫ですか?」
「…此処は」

蜜樹の問いを無視して男は言う。

「私の部屋ですよ。道端で倒れてたので、運ばせてもらいました」
「…どうやって」
「自転車にこう…やって」

蜜樹は先程のようにジェスチャーで説明した。

「じてんしゃ?」
「自転車です」
「じてんしゃ…とは、何だ?」
「え? 乗り物…ですけど」
「乗り物…ふぅん」
「暑かったんでしょう? 今冷房つけてるんですけど、どうですか?」
「暑いが」
「え?」
「しかしまあ…先程よりはましだな」
「……」

やはり普通の人ではない。とこの時点で蜜樹は結論づけた。先程から気になっていた質問をぶつけることにする。

「…あの」
「何だ」
「あなた…人間、じゃないです、よね…?」
「…ああ」
「なら、何なんでしょうか?」
「雪男だ」
「雪男?」

蜜樹は聞き返す。自分のイメージする雪男とは全く違った。

「え、雪男って…なんか、毛むくじゃらな奴じゃ…」
「毛むくじゃら…? 何の話だ?」
「あっいえ、なんでもないです」

蜜樹は怒られそうな気がしたのでやめた。しかし目の前の真っ白な男をチラチラと見てしまう。顔は格好いい可愛いというよりは美しい。雪のように白い肌と髪。瞳は灰がかっていて、白い着物を着ている。まるで死装束のようだ。というか。

「死…装束、ですか? それ」

左前だった。

「ああ」
「死んでるん、ですか」
「…1度な」
「1度?」
「もとは人間だった。殺されて雪に埋められ、気が付いたらこうなっていた」
「こ、殺され…!?」
「ああ」
「いつ…ですか?」
「いつ…だったかな。もう200年以上前のことだ」
「200年!? じゃあ…もう200年は生きてるってことですか…?」
「さあな。これを生きているというのか、よく分からん」
「……」

男はベッドから降りて立ち上がった。蜜樹は男を見上げる。

「世話になったな」
「え? もう帰っちゃうんですか…?」
「いつまでもここにいても仕方ないだろう」
「そう…ですけど、お、送っていきます! 途中でまた倒れたら大変ですし!」

蜜樹は立ち上がって言った。

「要らん世話だ」

しかし男はそう吐いた。冷たい目をしている。

「でっでも…」
「これ以上人間の世話になるなど御免被る」
「……」

黙る蜜樹を一目見て、男は部屋を出て行った。



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