小説2

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1年生のとき同様、最初の席は近い。甲斐名先生が提示したのは、5、6人程度の班を6班作り、各班1週間週直をし、6班週直が終わったら席替え、というシステムだった。少なくとも6週間は席が近い。それだけで幸せだった。


遥名の恋 13



「…野村と祭り行きたい」

5月上旬、私が呟いたことから全てが始まった。

「いいじゃん! 誘っちゃえば?」

多村さんは笑顔で言う。永依ちゃんはニヤニヤしていた。

「でもさー2人きりとかどう考えても無理じゃん」
「だったら長野くんも誘えば?」
「だったら2、2がよくない?」
「おお、それならウチ行くよー」

永依ちゃんが言った。

「いいじゃん、4人。誘いなよ」
「んー…でも祭りってやっぱ無理かなあ…」
「何で?」
「いや、祭りってなんか凄いデートっぽいじゃん。嫌がるかなあって」
「嫌がらないでしょー」

多村さんは呑気に言う。知らないのだ。私が野村に嫌われていること。フラれたや嫌われてるなど、あまり人に宣言できることではない。

「うーん…無難に映画とかっていうのもアリだよなー」
「あー映画ねーいいじゃん」
「映画の方がいいよね、多分。でも恥ずかしいよー誘えるかなあ?」
「だったらウチ誘ってこよっか?」

永依ちゃんが笑う。

「ホントに!? ありがとう!」

昼休みが終わり永依ちゃんは、教室に戻ってきた野村と、野村の親友(?)の長野拓に近付き、話を始めた。しばらくして永依ちゃんが戻ってくる。

「OKだってー」
「っえ!? マジで!?」

あっさりとOKになるとは思っておらず、私はそんな声を出してしまう。野村達の近くまで行くと、

「ねぇ、マジでいいの?」

と聞いた。

「別にいいけど」

野村は何でもなさそうに言う。長ちゃんも頷いていた。こんなにあっさりOKしてくれるとは。本当に意外だった。
それから数日後、私は永依ちゃんと計画を立て始めた。しかし。

「何観る?」
「え? みる?」
「…え?」

永依ちゃんとの会話が噛み合っていない。

「え、映画…」
「祭りじゃないの!?」
「祭りはやっぱやめようって言ったじゃん!!」
「え、嘘聞いてなかった!」
「聞いてて!!」
「あっじゃあ野村達に祭りって言っちゃったし!」
「ちょっと永依ちゃん!!」

私と永依ちゃんは慌てて野村達のところへ行き、映画と訂正した。2人も了承する。しかしあとから考えてみると、逆に祭りのままでもよかったのではないかという気がしてきた。今更やっぱり祭りで、とは言えないが、嫌がられると思っていた祭りでOKしてくれていたのだ。これほど嬉しいことはない。

「じゃあ、何観る?」
「あたしハイドアンドシークってやつ観たいんだけど」
「何それ?」

そして私と永依ちゃんは改めて計画を立て始めた。





5月下旬のことだった。席替えもされ、野村とは席が離れてしまった。しかも私の方が野村より前の席なので、野村を見ることができない。なんだかつまらない6週間になりそうだった。

「遥名ー」

そして帰りの会の前に、それは起こった。そのとき名前を呼んだのは誰であったか。野村だったかそれ以外の誰かだったか、それは思い出せない。とにかく誰か、男子が後ろから私を呼んだ。私は当然振り返った。私の目線の先には野村。野村が私に向かってピースをした。それは一瞬のことで、野村はすぐにピースをやめて机に伏せる。周りからは男子達の下品な笑い声が聞こえた。私はすぐに前に向き直る。
罰ゲーム、なんてよくあることだ。嘘告白などの罰ゲームのターゲットにされることがなかった訳じゃない。ただ、今のは罰ゲームではないだろう。しろと言われたのだ。すれば私が喜ぶから。それを笑ってやろうと。
残念ながら、そんな下品な笑い声の中でそんなことをされても私は喜ばない。馬鹿じゃないのか。言われてそれを実行する野村も馬鹿だと思う。
でも一番馬鹿なのは、それでも野村を嫌いにはならなかった私なのだろう。





6月の始め、野村が学校を休んだ。うちのクラスには、休んだ人の家にプリントを届けに行く友情宅配というものがあるのだが、その日先生はそれをすっかり忘れていた。そしてみんなが帰った頃、それに気付いたらしい。

「あ、野村のプリント忘れてたな。どうするか」

そのとき私と多村さんと永依ちゃんはまだ教室にいた。

「あ、私持って行きましょうか? 家分かるんで」

1年の時に家を訪ねたこともあるし(あのボーリングをドタキャンされた日のことだ)、私達は時々わざわざ野村の家の前を通って帰ることがあった。ちなみにそれはAルートである。そして私達が通常帰る道がBルート、あずけんの家の前(永依ちゃんの希望)を通って帰る道をCルートと呼んでいた。実際はB-1、B-2などともっと細かく分かれているのだが、そこまで説明していると地図が必要になってくるので省略する。

「お、ホントか。じゃあ頼む」

そんな訳で私達は野村の机に突っ込んであったプリントを回収し、甲斐名先生から受け取ったファイルに入れて学校を出た。
野村の家は学校から徒歩5分程のところにある。自転車で15分以上かかる私からしてみれば羨ましい限りだ。ジャングルのように木々の生い茂った庭のある野村の家へ着くと、とりあえず私は自転車を停める。

「誰がチャイム押す?」
「え、私やだ」
「いやいやここは緑が押すべきでしょ」
「えーやだよ! 永依ちゃん押して!」

私は永依ちゃんの背中に隠れて永依ちゃんをインターホンの方へ押す。

「えーしょうがないなあ…」

永依ちゃんは言いながらもインターホンを押す。しかしインターホンは無音で、鳴ったのか鳴ってないのか分からない。

「…鳴ったのかな今の」
「さあ…」

すると少しして、誰かの足音が玄関に近付いてくるのが聞こえた。私はドキドキしながらプリントの入ったファイルを握り締める。そしてガチャッとドアが開いて出てきたのは、上品なオーラを纏った50代後半くらいの女の人だった。言わずもがな、野村のお母さんである。いや、雰囲気からしてお母様だ。

「あの、私達暁くんと同じクラスで、今日休んでたのでプリントを持ってきたんですけど」

私の代わりに多村さんが言ってくれた。

「あらーわざわざありがとう」

お母様は微笑んで言う。笑顔がキラキラと眩しい。眩しすぎて怖い。

「暁くん大丈夫ですか?」

多村さんが言った。まあ見舞い(?)に来たのだから聞いておくべきだろう。

「朝から体がだるいって言ってたんだけど、熱もだいぶ下がったから大丈夫よ」
「そうですかー」

そしてファイルを受け取ったお母様は「ちょっと待っててね」と言って家の中へ消えていった。
ドアが閉まった直後。

「今のお母さんだよね!?」
「お母さんだよ! てかあの服何!? 別に出かけるとこだった訳じゃないよね!?」
「思った! めっちゃ余所行きっぽい私服!」
「上品すぎじゃね!? 怖いんだけど!!」

私達は一斉に騒ぎ始めた。お母様とは初対面だった。

「でも雰囲気的におばあちゃんぽかったよね」
「まあ野村んち大家族だからね」
「あ、そうなの?」
「8人ぐらいいるでしょ確か」
「強ぇ! あのお母さん絶対強いよ!」
「てことは相当な回数ヤっ…」
「永依ちゃん落ち着いて!!」

危ないことを口走りかけた永依ちゃんはギリギリのところで多村さんに止められた。

「…てかさ、ちょっと待っててって言ったよね…?」
「言った、はず」
「ちょっとじゃなくね?」
「多分それは言っちゃいけないんだよ!」

それから少しして再び足音が玄関に近付いてくるのが聞こえ、お母様が出てきた。

「これね、よかったら食べて」

そう言ってお母様は板チョコを差し出してきた。3枚である。

「え、いえいいです!」
「いいからいいから、貰って」

結局私達はそれを受け取り、お母様に別れを告げて去っていった。

「絶対お母さんっていうよりお母様だよね」
「分かる!」
「うん」

私の意見に2人は同意した。

「いやていうか気前よすぎじゃない!?」
「息子にプリント届けに来た女子にねぇ」
「怖いわーホント」



翌日も野村は欠席で、私達はまたプリントを届けに行った。その日もお母様は待ち構えていたかのような余所行き私服だった。そしてまたしても「ちょっと待っててね」と言ってドアを閉める。今日は何が出てくるかと緊張したが、お母様が持ってきたのは傘だった。3本である。

「雨降ってるから使って。明日暁に渡してくれればいいから」

そのとき確かに雨がぱらついていた。しかし私は自転車である。断れる雰囲気でもないので、とりあえず私達は傘を受け取った。

「…私使えないんだけど」
「ていうか明日野村学校来たら傘3本持って帰ることになるんだね。晴れたら」
「雨だったら雨だったで1本差して3本持って帰るんだよ」

私達はその姿を想像し、笑いながら帰った。しかしその翌日も野村は欠席で、私達はお母様に直接傘を返すことになったのだった。

「ねぇ、野村のお母さんって名前なんて言うの?」
「え? 江津子」
「えつこ? えつこさん? へぇー」

絢美が尋ねる。今は家庭科の時間。家庭科の授業を行う被服室では、席順は最初のままだった。野村と席が近いので、私にとっては嬉しいことだ。

「野村んちって8人兄弟だっけ? 男何人なの?」
「5人」
「へぇー一番上のお兄ちゃんの名前は?」
「修」
「二番目は?」
「実」

私と絢美はそうやって野村の男兄弟の名前を順番に聞いていった。名前は皆漢字一文字で、そういう付け方なのだと理解した。そして、

「じゃあ一番上のお姉ちゃんは?」

と聞いたとき。

「えー、修」

何を思ったのか、野村はそう言った。当然私と絢美は固まる。

「え…? お姉ちゃん修なの…?」
「え、姉ちゃん? 姉ちゃんは里枝だけど」
「野村今、お姉ちゃん修って…!」

私達は笑い出した。

「聞き間違い! 聞き間違い!」

野村は言うが、私と絢美、ついでに長ちゃんも笑いっぱなしだ。
当然そのことを永依ちゃんと多村さんにも伝え、私達の間に修お姉さんブームがやって来たのだった。



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