小説2

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夏休みの間、この先どうしていくかをずっと考えていた。というより、夏休みに入る前から、もうダメなのではないかというような気がしていた。それが夏休みに入って全く会わなくなってから、更に強くなったという訳だ。当然ながら夏休みに会う約束などしていない。
このままでこの先やっていける気がしない。
それが私の結論だった。


遥名緑恋 12


8月20日は、登校日だった。
朝学校に着いて机の横にカバンをかけた私は、すぐにあずけん達と話している硝くんに近付いた。

「越若くん」

声をかけて手紙を差し出す。いつもならメモ帳を折るだけの手紙だが、今日はわざわざ小さめの封筒に入れた。勿論最後だからである。手紙の内容は“野村のことが忘れられないから”など。嘘ではないが、直接的な理由でもなかった。

「ありがとう」

硝くんはその手紙を笑顔で受け取る。別れようという内容だとは知らずに。それを読んで、硝くんはどんな反応をするのだろう。その日返事は来なかった。次に会うのは始業式の日だ。





そして迎えた始業式。

「ウチ梢ちゃんと別れた」

永依ちゃんが笑って言った。

「え!? なんで!?」

私と多村さんはめちゃくちゃ驚いて聞いた。

「梢ちゃん超カッコいいからさー…なんか不安になるんだよねー」
「そっかー…」

勿体ない答えではあったが、分からなくもなかった。永依ちゃんがそう決めたのならば仕方ない。

「でも梢ちゃん『別れたくない』って言っててさー。何回か『やり直そう』って言われてるんだよー」
「わーなんか羨ましい…」
「羨ましくないよ!」

硝くんはどんな返事をするのだろう。私は考えた。別れたくないと言ってくれるだろうか。硝くんの場合は別れたくないと思っていても言わなそうだが、別れたくないと言われれば、考え直すつもりだった。私は返事を待った。しかしいくら待っても返事は来ない。もう終わっているのか、それとも終わりを引き伸ばしているのか。これでは分からない。
10月になった。
私はいつまで待てばいいのだろう。





10月下旬になっても、やはり返事は来ない。話しかけてもこないので、私はもう別れたのだと思うことにした。
そして14歳の誕生日を目前にして、私はついに野村に告白することを決めた。あわよくば誕生日を一緒に過ごせるかもという期待があったのだ。直接は無理だと思ったので、例の暗号(最近は全く使っていなかったが、記憶力がいいので覚えていた)を使って手紙を書いた。
“好きだから、付き合ってほしいんだけど…”
そんな曖昧な内容の手紙である。しかし私の誕生日が過ぎても返事は来ない。11月半ばになってもまだ来ない。別れの手紙に返事がないのはまだ分かるが、告白の手紙に返事がないのはおかしいだろう。イエスでもノーでも普通返事はするものだ。いい加減私は催促することにした。
唯一同じ授業である選択理科の時間(しかも隣の席である)に聞いてみたり、給食当番の帰りを捕まえて「ねぇー返事はー?」と言ってみたり。そして11月25日、給食当番の帰りに後ろから「野村!」と声をかけると、「ああ、そうだ」と野村は思い出したように振り返った。

「ほい」

野村から小さく折り畳まれた紙を差し出され、私は手を出した。

「あ、ありがとう…」

私が呟くと、野村は向き直って教室へ帰っていった。
ついに受け取ってしまった、と私は紙をスカートのポケットにしまった。ドキドキしている。気分が悪くなるくらいに。そのまま私も教室へと戻った。



昼休み、人が少なくなってから、教室の隅に座って紙を開いた。手紙はやはり暗号で書かれており、一瞬見ただけでは分からない。ドキドキしながら、一文字一文字解読していった。“やあ、久しぶり。1ヶ月も待たせてごめん。…で…返事だけど答えは…ばつです。マジごめん。”それだけだった。もっと長いような気がしたが、訳してみると本当にそれだけの文章だった。ずっと分かっていたのだ。野村は私のことが好きではないと、私のことが嫌いだと。ボーリングをドタキャンされた日からうっすらと分かっていた。だからこのときようやく私は、正式に野村にフラれたのだ。やっぱりそうだったんだと、再確認しただけのことだったのだ。






「硝くんと樹亜ちゃん付き合ってるらしいよ」

それから数日と経たずに、私はそんな噂を耳にした。今度は「“しょう”って誰?」などと訊く必要もない。越若硝に決まっている。“きあ”も知っていた。4組の井坂樹亜だ。我が儘で自分勝手で、私の嫌いな女。噂によると、告白したのは井坂樹亜の方らしい。硝くんは断り切れなかったのだろうか。何にせよ、私はこのときようやく、あの登校日を“別れた日”とすることができたのだった。





12月24日、クリスマスイブ。その日は選択理科の授業があった。前にも言った通り、選択理科の授業では野村の隣の席だ。私は密かに狙っているものがあった。
チラッと隣の班(席は隣でも班は違った)の様子を窺い、私に背を向けている野村の肩を叩いた。

「何だよ」

野村が振り返って言う。私はドキドキを抑えながら平然を装って言った。

「消しゴム貸して」

野村は消しゴムを3個持っていた。そして私は昨日水無に消しゴムをパクられていた。いや、断じてわざとではない。

「えー、はい」

若干渋りながらも野村は、自分が使っているものとは別の1個を筆箱から出して、私に差し出した。

「ありがとー」

まずは第一段階クリア、と私は自分の班に向き直って小さくガッツポーズした。
授業終了後、教室へ帰ろうとしている野村についていき、

「野村ーこれ貰っていー?」

と言った。

「何で」
「なくしたんだよ消しゴム! ねぇーいいでしょ? アンタ消しゴムいっぱい持ってんじゃん」
「あー好きにすれば?」
「やった! ありがとう!」

私は喜んでその場を去る。こうして野村の消しゴムを貰うことに成功した。私の勝手な解釈では、生まれて初めての男子からのクリスマスプレゼントだった。





2005年になった。年が明けると、硝くんと井坂樹亜が別れたという話を聞いた。
この頃私は多村さんと永依ちゃんと3人で帰っていたのだが、その日の帰り道は、その話題だった。

「結構あっさりだったよねー」
「元カノとしてはどうなの?」

永依ちゃんに訊かれたが、私は軽く受け流した。

「別にー? どうもないけど。てかそれどっちがフッたの?」

私は井坂樹亜がフッたのだと思っていた。大方タイプじゃなかった、思ってたのと違った、そんなところだろう。あの2人が似合っているとは思えないし、我が儘な井坂樹亜なら有り得る。

「硝くんらしいよー」

しかし多村さんは意外にもそう言った。

「え、そうなの!? 意外ー」
「硝くんあんまり自分からそう言う感じに見えないもんねー」
「うんーうちも意外だった」
「でも何でフッたの?」
「なんかねー“キツい”って言ってたらしいよー」
「……へえ?」

“キツい”。それは井坂樹亜が我が儘過ぎてキツいということだろうか。精神的に?

「大変だったんだねー硝くん」

私は言った。同情しているというような声音で。しかし心の中では、何故だかホッとしていた。井坂樹亜を好きになったわけではなかったということに、好きにはならなかった硝くんに。私と付き合っていることを、“キツい”とは思わなかったことに。





3年生になる前、私は考えていたことがあった。正式に野村にもフラれたことだし、野村が私のことを嫌いなのも分かっている。もし3年で同じクラスになれなかったら、もうキッパリと野村のことは諦めようと。同じクラスになってしまったら、流石に同じ教室にいるのに諦めるのは難しいだろう。だからそのときはどうせ最後の1年だし、思いっきり楽しんでやろう。でも同じクラスにならなかったら諦める。
そうして迎えた始業式の日。2年生の教室で、3年のクラスが発表された。私は4組。希望していた通り、多村さんと永依ちゃんと同じクラスだった。ちなみに硝くんも同じクラスだ。準備をして3階への階段を上がる。4組の教室の前に絢美がいた。

「あ、平瀬さん」
「おー緑! 4組?」
「うん!」

私達は4人一緒になれたことを喜んでいた。そして。

「…あ」

男子達の中に野村がいるのを見つけてしまった。マンガみたいな展開。私は思った。同じクラスにならなければ諦めようと思っていたのに。いや、まだ同じクラスと決まった訳じゃない。もしかしたら5組かもしれない。私の心臓は早鐘していた。

「はーい、4組中入ってー今から順番言うからその通り座ってくれー」

やがて4組の担任である甲斐名修二がやってきた。そして野村が4組の教室に入ったとき。

私の最高で最悪な3年生が始まってしまったのだった。



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