小説2

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9月。
李郷中では毎年、文化祭で1年生と3年生が劇をすることになっていた。
人前に出るのが好きだったので、私は役者に立候補した。
役者志願者はある日の昼休みに放送で呼ばれ、読んでやりたい役を決めてこい、と台本を渡された。
『Good bye my…』という物語だった。


遥名緑の 7


私は家に帰り、早速声に出して台本を読んでみた。
そして“緑”という少女の台詞で、感動して泣いてしまったのだ。
しかも偶然にも私と同じ名前。
これしかないと思った。

『Good bye my…』の舞台は生まれる前の世界。
黄郎、青太、桃子の3人が、自分たちの不幸になるかもしれないという運命を知るが、それを乗り越え、『未来は自分で切り開ける』と信じて生まれていこうとするという話だ。
その中で緑は、自分の人生に夢を抱く3人に『幸せになれるとは限らない』などと言う嫌な女の子として登場する。
最初は3人も嫌っていたが、後にそれは自分が生まれてすぐコインロッカーに捨てられるという運命だったからだと知る。
生まれてすぐ死ぬのは嫌と拒んでいた緑も、やがては生まれていくことを決心する。
私が感動したように、緑で他の人を泣かせたいと思った。

そして行われたオーディション。
オーディションといっても、役の希望を言って、台本の最初のページを読むだけだ。先生達はその役に合っているかを判断し、別の役がふさわしいと思われればそちらに回される。
黄郎をいじめる子供たちの役は何人でもよかったので、残りはそこに入る。
要するに、不合格はないオーディションだった。
その中で私は、第一希望である緑になることができた。


オーディションの翌日の放課後から、劇の練習は始まった。
私は帰宅部で放課後は暇だったので毎日参加した。
その日部活でいないメンバーの代わりをやったりもしながら、毎日一生懸命練習した。
大抵の人は、演技が巧いと言ってくれた。
それまで目立たなかった私は、名前を知られていなかったが、いつの間にか緑ちゃんや緑さんと呼ばれていた。
多分、役名の方の“緑”だ。



誕生日の1週間前。
そのときも私は、野村と同じ班だった。
給食の牛乳はいつもちょうど1週間後が賞味期限で、その日の牛乳の賞味期限は、勿論私の誕生日だった。

「あ、この牛乳の賞味期限あたしの誕生日だ」

近くにいる野村に聞こえるように、私は少し大きな声で言った。

「10月31日?」
「うん」
「ふぅん」

野村は軽く頷いて、牛乳にストローを刺した。


そうして迎えた13歳の誕生日。
いつも通りな野村の態度に、私は若干しょげていた。
給食の時間。

「あれ、」

私の隣の班の井坂美友が、おぼんをひっくり返したり、どけたりしはじめた。

「どうしたの?」

サカトモの隣に座っている山田澄香が訊ねる。

「ストローがない!」

クラスには給食前に1人1人にストローを配るストロー係がいるわけだが、どうやらそのストロー係が、サカトモの席にストローを配るのを忘れたらしいのだ。

「取ってきたら?」
「めんどくせー…」

そう愚痴ったところで、サカトモは思い出したような顔をして言った。

「野村!」
「え?」

私の斜め前に座っている野村が、『何!?』というような顔で言う。

「ストローちょうだい」

サカトモは野村に手を差し出した。

「ああ、いいよ」

野村は普通に筆箱を取り出した。
実は野村は、学校のストローを失敬してストロー工作に勤しんでいるのだ(よい子はマネしないでね!)。
だからストローを筆箱に何本かストックしていた。
野村はそのストローをサカトモに渡した。

「サンキュー!」

サカトモは野村に礼を言うと、自分の席に戻った。


そして給食のあと、給食当番が戻ってくるのを待っている時だ。
私の班は、私と野村以外は全員給食当番でいなかった。
野村がポケットから、キラキラ光る何かを出した。

「何それ?」

私は野村の方に身を乗り出して訊ねる。

「水晶」
「水晶?」

野村が差し出してきたので、私はそれを受け取った。
本当に水晶かはともかくとして、確かに、水晶のように綺麗だった。

「綺麗ー」

私は野村に水晶を返しながら言った。

「いいだろー」

野村は水晶を受け取りながら言う。

――もしかして、私の誕生日だから?

とか勝手に妄想してみた。

――欲しいって言ったら、くれるのかな…?

ドキドキしながら、口にしようかどうか迷っていた。

「えーっ、何それー!? 綺麗ー」

その時。
給食当番を終えた、野村の隣の席の朝比奈千里が帰ってきた。

「水晶だよ」

ちぃは野村の手から水晶を奪う。

「マジで? うわ、すげぇー超綺麗なんだけどー! え、コレ欲しいー! ちょーだい?」
「え、いいけど…」
「え、マジでいいの!?」
「まあ…」

若干ギャル系なちぃに、野村はちょっと圧され気味だ。

「やったっ♪ ありがとー!」

ちぃは水晶をポケットにしまい、野村に礼を言った。


――私が先に欲しいって言ってたら、くれたのかな。


さっきまでドキドキしながら思っていたことが、全部過去形になった。


更にその日の5時間目。

「いって!」

本来普通授業の時間にそんな声があがるハズもないのだが、教室にいた全員が声のした方を見た。
声の主は、一騎だった。

「どうした一騎?」

一騎の前の席の男子が訊ねる。

「手の皮剥いてたら血が…」
「いや、お前授業中に何やってんの」
「野村ー」

一騎がこちら(正確には野村の方)を向いて言った。今日は何かあると野村が呼ばれている気がする。

「あ?」

野村は中途半端な返事をして一騎を見た。

「救急セット貸してー」


――は?


そう思ったのは、きっと李郷小出身以外の全員だっただろう。

「いいよー」

野村は当たり前のように、机の横に掛けてあるサブバックからビニール袋を出して立ち上がった。透明なビニール袋には、消毒液らしきものや、絆創膏、包帯、ガーゼなどが入っているようだった。

「アンタなんでそんなもん学校に持ってきてんの?」

一騎に救急セットを渡して戻ってきた野村に、私は聞いた。

「えー、親が医者だから?」
「へぇ、そう…」

親が医者だからって学校に救急セットを持ってくるのは野村くらいだと思った。どちらかというと、親の性格の問題だろう。

私の13歳の誕生日は、こんな嬉しくない誕生日だった。
野村はサカトモにストローをあげて、
ちぃに水晶をあげて、
一騎に救急セットを貸して、
私には何もしてくれなかった。

――来年は何かしてくれるかな…? 私に。


そう思った誕生日だった。



そして誕生日の翌日は、文化祭だった。
1年生の学年劇はプログラムの1番最初で、役者は登校してすぐ被服室に集合した。
登校したら衣装に着替え、メイクをして最後の稽古。
オープニングイベントには参加しない。
そしてオープニングイベントが終わる頃、体育館の裏からステージ袖に回り、終了と共に劇がスタートした。
緊張したけど、台詞は間違えなかった。みんなも練習の成果が出ていて、とてもよい劇ができた。
また劇をやりたいと思った。


1年生の劇のあとは休憩で、その間に役者はメイクを落として着替えた。
体育館に戻るとクラスの数名から『よかったよー』などの声を貰った。
自分の位置にくると、隣にはなんと、野村がいた。
いつもは私は前から3番目で、野村は前から5番目なのだが、野村より前の4人のうち1人はその日欠席で、もう1人は吹奏楽部で別の場所にいたため、野村が前に詰めていたのだ。

――超ラッキー!

私は心の中で跳ね回っていた。

休憩のあと最初にあったのは個人発表で、生徒会長の南夕宇先輩とその彼女の三日月幸世先輩が、バイオリンとピアノで『情熱大陸』を演奏した。
南先輩がバイオリン、三日月先輩がピアノだ。
南先輩はカッコよくて、ウチのクラスの女子からも人気があった。カッコいい上バイオリンも弾けるなんて、クラスの男子じゃ比べ物にならない。
元々情熱大陸の曲は好きだったのだが、更に好きになった。
惚れてしまいそうなくらい素敵だった。

「よかったね」

2人の演奏のあと、野村が隣で言った。

「うんっ」



3年生の学年劇は、文化祭の最後のプログラムだった。
題名は『人間になりたかった猫』。
神様にお願いして少しの間だけ人間の姿になった猫が、人間の女の子に恋をする話だ。
主人公の猫・ライオネル役は生徒会の会計をやっている立村光平先輩、ヒロイン役は淡島小鶴先輩だった。
2人は付き合っているワケではなく、立村先輩には彼女が、淡島先輩には彼氏が別にいた。
…のだが、なんと立村先輩は劇中で、淡島先輩にキス(未遂)をしたのだ。しかも頬が2回、唇が1回。
勿論、体育館内は大興奮だった。
これはあとで知ったことなのだが、あのキスは2人が文化祭の前日に考えたアドリブだったらしいのだ。それを知ったときは本当に驚いた。


3年生の学年劇が終わったあと。

「ハッピーエンドだったねー」

と、私は隣の野村に言った。

「緑は死んだけどね」
「あぁ!? 別に言わなくていいじゃん!」

私の好きな人はこの人だ、と思った。
恋心を再確認できた、貴重な1日だった。


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