小説2

□8
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幸せだった文化祭から1ヶ月半ほど経った12月。
理科の期末テストが返ってきた。毎回野村と点数を競っている私は、早速野村に近付く。

「野村ー何点だった?」
「えー言わない!」
「いーじゃんどうせ私よりいいんだから!」
「とか言ってそっちのほうが高いんだろ!」
「そんなの分かんないじゃん!」
「…分かった、じゃあ書く」

しつこく聞いてくる私に折れたように、野村は理科のファイルに『⇔⇔』と書いた。

「…何コレ」
「僕が考えた暗号」
「分かるわけないじゃん!!」

私は野村を一発叩く。すると野村は自分の国語のノートを見せてきた。

「これ見れば分かるよ」

その国語のノートの表紙には、暗号の解読表らしきものが書かれていた。

「なんで国語のノート?」
「国語の授業中に考えたから」
「うわあ…」

呆れつつ、解読表に目を遣る。
数字は1番右端に縦に並んでいた。『⇔』という記号の横には『8』とある。

「88?」
「そう」
「なんだやっぱり私よりいいじゃん!」
「何点だよ?」
「80」

どうせ理数系では勝てないとは分かっていたが、やっぱり負けたのが悔しくて、私はそれだけ言うとその場を去った。


遥名緑の恋 8


その頃私と絢美と野村は、3人で廊下掃除をしていた。
その日の掃除中、野村が私に小さく小さく折り畳まれた紙を渡してきた。

「読んでよ」
「えー?」

私は紙を開こうとはせず、セーラー服の胸ポケットにしまった。そして野村がいなくなってから、ドキドキしながら紙を開くと、そこには『⊥』や『L』や『T』、『†』や『l』や『√』など、記号が沢山並んでいた。文章のように見えないこともないが、勿論全く読めない。中には先程の『⇔』もあった。どうやら例の暗号で書かれているらしい。
帰り際、野村に近寄って「あんなの読めないよ!」と抗議した。すると野村は国語のノートを差し出してきた。

「貸してやるから、解読してこいよ」

私はノートを受け取り、開こうとした。

「あっ中は見るなよ!」

そう言われて、今はやめる。家に帰ってから見てやればいい。

そうして家に帰った私は、部屋でノートを取り出し、手紙を開いた。よく見ると、ローマ字表のようになっていた。解読表と見比べながら読んでいく。
内容はテストの点数が私より高かったことを自慢するようなものだった。だがそれでもよかった。野村から手紙をもらったというだけで、私は嬉しくてたまらなかったのだ。
解読表を見ながら、返事を書いた。ただ、嬉しかったから。ノートの切れ端に書かれた手紙に、便箋で返事を書くのは変な気がした。だから同じように、ノートの切れ端を使った。
そして翌日、私は野村にノートを返すときに

「返事も書いてみた」

と、同じように小さく小さく折り畳んだ紙を渡した。

「おー」

と野村はそれを受け取り、早速紙を開いて読み始めた。そして次の休み時間には返事がきたのだ。もう来ないだろうと思っていた私は驚いた。そしてやっぱり嬉しかった。
そんな風にその日から、私と野村の手紙交換が始まったのだ。その日あった授業についてだとか、本当に些細なことばかりだった。それでも、他の誰も知らない(多分)2人だけの暗号。特別な気がしていた。幸せだった。
それから私達はそれを“野村語”と呼ぶことにし、野村は「どんどん広めていこう」と言った。私にとってそれは悲しい言葉だった。2人だけの暗号にしておきたかったからだ。それでも私は、ワガママを言って嫌われるのはイヤだと思い「そうだね」と返した。
しかし、その後も野村がこの暗号を他の人に教える気配はなかった。それがまた嬉しくて、このまま野村が誰にも教えずにいてくれることをひたすらに願った。


手紙交換は思いの外長く続いたが、1月の終わりの頃にはもう殆んどこなくなっていた。
ある日授業中見えていた野村の後ろ姿を2分で描き、野村語で『似てない?』とつけた。
「最後の2分で描いたー」と渡すと、野村は「えーっすごっ」と言って受け取った。
告白は流石に無理でも、バレンタインにチョコレートをあげるくらいはいいかなあと思った。


それから1週間後に行われた席替えで、私は野村の隣の席になった。後ろ姿はもう描けないが、大満足だ。

「隣の席になるなんて、運命じゃないの?」

ニヤニヤしながら絢美が話しかけてきた。そういう絢美はほとんどの席替えで野村の隣や近くだった。“運命”と言われるのは嬉しかったが、私より野村の近くになることが多い絢美に言われても、説得力がなかった。
それでもやっぱり隣の席は幸せだった。今まで経験したことがあった斜め前や斜め後ろとは全然違う。
物理的にも近いし、心理的にも近い。しかも英語の時間の単語の小テストは隣の席の人と交換して採点なのだ。席替えをしたその日、早速英語の授業があった。

「はい交換してー」

先生に言われ、野村とプリントを交換する。チラッと横を見ると、採点を終えたあとも野村は何やらペンを動かしていた。

「そろそろいいー? 後ろから集めてー」

先生が言うと野村は慌ててプリントを返してきた。そのプリントを見ると、『20/20』と書いてある横に青いペンで『OKです』と書いてあり、その下にシャーペンで描きかけの某電気ねずみの絵があった。
それが嬉しくて嬉しくてたまらない。
手紙交換で深まった(気がする)仲が更に深くなった気がした。


11日。建国記念の日で休みのこの日、バレンタイン用のクッキーを作った。隣の席だし渡せるかもと思い、野村の分も用意した。
そして13日。その年のバレンタインは土曜日で、渡すにはこの日しかなかった。

「ねークッキーいらない? 作りすぎてさあ」

私は野村にそう話しかけた。勿論嘘だ。作りすぎたわけじゃない。ちゃんと野村の分も作った。だがそんなことは言えない。

「えー」

野村も素直には受け取ってくれない。

「ねーいーじゃん誰からももらってないんでしょー? ねっ?」
「何企んでるんだよー」

普段叩いたり蹴ったりということをしているものだから、簡単には信じてもらえない。自業自得だ。

「何も企んでないし!」
「どうせホワイトデー3倍返しとか言うんだろ」
「そんなこと言わないし! もーもらってくれるだけでいいから! お返しいらないから!」

折角作ったクッキーだ。私は必死だった。それくらい言わないと信用してもらえない気がした。

「…ホントに?」
「ホントホント!」
「ならいいけど…」

その言葉に、私はホッと一息吐いた。

「ホント!? よかったー」
「あっでも今は…」
「分かった! 放課後ね!」

とりあえずはもらってくれると言った。それでオーケーだった。放課後教室の人が減ってから、ということになった。
しかし放課後最悪なことに、総合学習の課題である模造紙作成が終わっていない班は居残りと言われ、教室には大量に生徒が残っていた。しかも私の班も終わっていなくて居残りだった。
机を全部前に移動させ、後ろに模造紙を広げてみんな作業をしている。
段々時間が経ち、完成させた班の人達は帰ったり部活に行ったりし出した。私の班はまだ終わらない。気が付くと、教室に野村の姿はなかった。

「あれっ、野村何処行った?」

私は言う。

「あー野村アレじゃない? 部活」
「テニス部今日ミーティングって聞いたけど」

誰かがそう教えてくれた。

「ふぅん」
「カバンあるから戻ってくるでしょ」

絢美が野村の机を指差して言う。机の横にカバンがかかっていた。

「そうだね」

しかし私の班の模造紙が終わっても、野村はまだ戻ってこなかった。一応少し待ってみたが、全部の班の作業が終わって教室に私だけになっても、野村はまだ戻ってこない。段々不安になってきた。

「あれ、緑ー何してんの?」

廊下から声がしたので見ると、3組で吹奏楽部に所属している私の友達、川山有加だった。

「有加。いや、野村にバレンタインのをあげるって言ったんだけど、模造紙やってる間に野村部活のミーティング行っちゃってさー」
「えー結局野村にあげることにしたんだー」
「うんまあね。どうしよう…そろそろ帰らないと」

私は有加に向かって言った。私は部活には入っていない。あんまり遅くなると親に心配されるのだ。

「そうだねー…じゃあさ、クッキー机の中に入れて帰ったら?」
「え、でも誰か分かるかな?」
「なんかメッセージつけとけば?」
「あ、そっか」

私は『いなかったから机の中に入れといたよ 遥名』とメッセージカードに書き、クッキーと一緒に机の中に入れた。そのあと部活に行く有加とは靴箱で別れ、私は家に帰った。


「緑ー電話ー」

その夜。私に電話がかかってきた。

「誰から?」
「有加ちゃんからよ」

私は電話を受け取った。

「もしもし有加? 何?」
「あ、緑あのさ、今日うちあのあと部活終わって靴箱行くときちょうど5組に野村がいるのが見えてさ」
「マジで?」
「うん、カバンになんか入れてたよ」
「え、他に誰かいた?」
「んーん。野村1人だったよ。しかもなんか笑ってた」
「そっかあーよかったー」

私はそれを聞いて安心した。野村と仲の良い上松浩は、そういうモノを冷やかすタイプの人間だ。もし一緒にいたら絶対うるさかったはず。

「喜んでくれたかなぁー。おいしかったらいいんだけど…」
「大丈夫じゃない? うち緑からもらったやつ食べたけど普通においしかったし」




 
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