小説6
□肆
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逆・雪妖記 肆
「…ゆきと、さ…」
蜜樹はベッドの上で呟いた。枕元で頼子が溜め息を吐く。
「もう諦めなさいよ。人間なんて嫌いだって言ってたんでしょ?」
「ぅ…ちがうよ…あの人、ほんとは…」
そのとき、インターホンが鳴った。頼子は立ち上がり、階段を降りていく。少しして「白菊! どうしたの?」と声が聞こえてきた。どうやら頼子の友達が遊びにきたようだ。
「…ゆきとさん…」
蜜樹は再び呟く。すると突然、部屋にひんやりとした空気が入ってきた。
「馬鹿だろう、お前」
そして突然声がした。蜜樹はうっすらと目を開け、声のした方を見る。雪人が立っていた。蜜樹は笑う。
「ゆき、とさん…」
「毎日毎日大した防寒もせずに雪山を歩き回っているからこうなるのだ。雪山を舐めるな」
「…気付いてたんですね…よかった…」
「何がいいのだ。馬鹿が」
「…わたしのこえ…とどいてたんですね…」
蜜樹はやはり笑って言う。雪人は溜め息を吐き、床に膝をついた。そして蜜樹の額に手を当てる。
「私のせいにされては適わんからな」
「え…?」
「じゅけんせいとやらは風邪を引いてはいかんのだろう」
その声を聞きながら、蜜樹は段々と熱がひいていくのを感じた。雪人は蜜樹の額から手を離す。
「雪人さん…」
「もう山には来るな」
「えっ…でも…」
「また風邪なんぞ引かれたら迷惑だ」
「…そう、ですよね」
「仕方ないからたまには来てやる」
「えっ?」
蜜樹はびっくりして飛び起きる。
「たまにだぞ。たまに」
「……」
「だからもう山には来るな。絶対だぞ」
「…っはい!」
蜜樹が嬉しそうに笑い、雪人は視線を外した。
「ではな」
そして振り返って取っ手に手をかける。
「あっ…次は! 次はいつ来てくれますか!」
「…とりあえず明日来てやる」
振り返らずに、雪人は言った。
「はい!」
嬉しそうな蜜樹の声を聞いて、雪人は部屋を出た。それから少しして、頼子が戻ってくる。
「ごめんみつ…あれ? もういいの?」
「お姉ちゃん! 雪人さんが! 治してくれた!」
「え? 雪人さん来たの?」
「え…会わなかった?」
「会わなかったけど…」
蜜樹は眉を下げる。まさか、今のは幻覚だったのだろうか。しかし確かに熱は下がっている。
「…ああ、じゃああれは雪人さんだったのか」
頼子が呟く。蜜樹は顔を上げた。
「あれ…?」
「玄関開けたとき冷たい風と雪が家に入って来たからさ。白菊が帰る前には家の中から出てったし」
「雪が…?」
「そうよ。雪が」
「……」
「雪妖族は雪に姿を変えられるのよ」
「せっ…せつようぞく?」
蜜樹は聞き返す。聞いたことのない単語だった。頼子は頷く。
「雪女とか、雪男とか」
「せつようぞくっていうの?」
「そうよ。雪の妖怪で雪妖族」
「雪妖族……ていうか何でお姉ちゃん、そんなこと知ってるの?」
「え? いやだって雪女の友達いるし」
「えぇ!?」
蜜樹は驚く。初耳だった。
「さっき来た白菊」
「えっそうなの!? じゃあもしかして、雪人さんの昔の馴染みってその人!?」
「じゃない? 弥山に住んでるし」
「そ、そうなんだ…」
蜜樹は小さく言う。しかしそれで、最初に雪人を見たときすぐにタオルを取りにいったのにも納得がいった。
「雪女…その人、お姉ちゃんの友達なんだよね?」
「え? まあ…そうだけど」
「その人は…人間を恨んでないの? …雪人さんみたいに」
「…ああ。白菊は恨んでないよ。殺されて雪女になった訳じゃないから」
「そうなんだ…」
蜜樹は黙る。
「…話してみたいな…白菊さん」
少しして、蜜樹はぽつりと呟いた。
「会いたいなら連れてくるけど」
「えっホント!?」
「うん。明日でいい?」
「あ…明日はダメ。雪人さんがきてくれるの」
幸せそうに笑った蜜樹を見て、頼子は微笑んで溜め息を吐いた。
「じゃあ明後日ね」
伍へ