小説6

□伍
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ある夏の暑い日、クラスメイトの女子が真っ白な男を拾った。






「おはよー」

翌日の朝、今西が学校にやってきた。俺は今西に近付く。

「今西」
「あ、おはよう石川。昨日ありがとね」
「ああ…でさ、今西! アイツ結局何だったの? 自転車のサドル凍ってたんだけど」
「…あーごめん。あの人ね、雪男だった」
「雪男!?」

俺は思わず叫ぶ。教室中の視線を集めてしまった。

「何だよ相楽ー雪男?」
「あ、いや…何でもない」

すぐに俺は笑い者になる。今西も少し恥ずかしそうにしていた。

「何、雪男って。毛むくじゃらな奴じゃないの?」
「違うみたい。言ったら怒られそうだった」
「怖い奴だったの?」
「うーん…怖いっていうか…人間を恨んでるみたいだった」
「げ! それ怖い奴じゃん! 関わったら凍らされるぞ!」
「うーん…」

今西は浮かない顔をしている。まさか今後も関わるつもりなんだろうか。

「どうした?」
「…冬になったらまた遊びに来てくださいって言った」
「はあ!? 何言ってんだお前大丈夫か?」
「だってどうにかしたいんだもん! あの人ホントはいい人なんだよ! 私が話かけたら返してくれたもん! ちょっと嫌そうだったけど、呼んだら振り返ってくれたもん! ホントは優しい人なんだよ! 私どうにか人間を好きになってもらいたい!」

俺は溜め息を吐いた。全く何処までお人好しなんだコイツは。

「んじゃ好きにしろ。まーでも何かあったらいつでも言えよ。関わっちまったし」

俺が言うと、今西は嬉しそうに笑う。

「ありがとう!」

何だよ、可愛いじゃねぇか。









それから約4ヶ月。今西とはその雪男の話はしなかった。しかし今西は寒さが厳しくなるにつれ、元気がなくなっていった。

「来ないの? 雪男」

ある日俺は今西に声をかけた。

「うん…」

今西は小さく頷く。

「んな落ち込むなよ。まだ冬はこれからだろ?」
「…うーん」
「ていうかお前、受験勉強は大丈夫なの? 雪男待ってて勉強が手につかなかった、なんて言い訳にならないぞ」
「…分かってるよ」



それから数日後。

「今西は熱を出して欠席だそうだ。お前らも受験生なんだから、風邪にはくれぐれも気を付けろよ」

今西は学校を休んだ。
それから4日経ってもまだ来ない。俺は気になって今西の家に行ってみた。

「……」

来てはみたが、家の前で止まっていた。訪問していいだろうか。別に仲が良い訳でもないし、休んでいる間のプリントを持ってきたという訳でもないのに。

「プリント預かってくればよかったかな…」

俺は呟いた。するとドアが開く音がする。俺はビクッとした。中から出てきたのは、見たことのない白い女だ。髪も目も肌も真っ白。服は流石に白じゃなかったけど。

「あら?」

女は俺に気付いて言う。俺は思わず頭を下げた。

「こんにちは」

女は微笑んで言う。美人だ。

「こ、こんにちは…」

俺は焦る。人んちの前でうろうろして…不審者じゃないか。しかし女は大して気に留めていないようだった。

「貴方…蜜樹ちゃんのお友達?」
「え、あー…えっと、クラスメイト…です」
「くらすめいと…お友達ではないの?」

女は首を傾げる。クラスメイトという言葉を初めて聞いたかのような反応。それで俺は確信した。あの男と同じ種族だ、この人。雪女だ。

「雪女」
「えっ?」
「雪女…ですか? あなた」
「…何故…?」
「前会った雪男に雰囲気が似てたから…」

そういうと女は目を丸くした。

「貴方も…雪人さんに会ったの?」
「ゆきとさん…? ゆきとさんっていうんですか? あの人」
「蜜樹ちゃんが会った人のことを言ってるならそうよ」
「じゃあそうです。会いました」
「そう…蜜樹ちゃんのお見舞い?」
「え、ええ…一応」
「頼子を呼びましょうか?」
「えっよりこ?」

よりこって誰だ。

「ええ…頼子。蜜樹ちゃんのお姉さんよ」
「ああ…あの人…っていうかあなたはその、今西とどういう関係なんですか?」
「え? ああ…私頼子の知り合いなの。私の恋人が頼子と同じさーくるなの」
「えっあなたの恋人大学生なんですか?」
「ええ。大学生よ。人間なの」
「にっ…!?」

俺は言葉を失った。人間と雪女が付き合ってる? 冗談抜きで? だが女の表情はとても冗談を言っているようなものではなかった。

「人間と…」

俺はやっとの思いで言う。

「ええ」
「うまくいってるんですか…?」
「え? ええ。順調よ」
「そうですか…」

そこで話が一旦止まる。気まずかった。

「あの、今西は…大丈夫ですか?」
「え? そうね…全然大丈夫じゃないわ。酷い熱なの」
「それは…ゆきとさんと関係があるんですか?」

それが1番聞きたかった。そこが気になって来たのだ。

「あー…ええ。蜜樹ちゃんね、このところ毎日雪人さんの棲む山に行っていたみたいなの。中々来ないから捜しに行ってたのね。それで風邪を引いてしまったみたい」
「…今西」

そんなにゆきとさんを助けたいのか。たった一度会っただけの雪男を。ホント何処までお人好しなんだよ。

「私は今から雪人さんに会いに行ってくるわ」
「そうですか…ゆきとさんはあなたの知り合いなんですか?」
「ええ。私の父親代わりのような人よ」
「ち、父親代わり…」

とてもそんな歳には見えなかったが。でもまあ相手は雪女と雪男だ。成長の速度が人間と違うなら、あれで2人は30歳ぐらい差があるのかもしれない。というか。

「父親代わりと女子高生…」
「え?」
「いえ、なんでもないです…お気をつけて」
「ええ。さよなら」
「…さよなら」

俺は去っていく彼女の背に呟いた。そういえば、名前を訊くのを忘れていた。

「…ま、いいか」





その翌日、登校してきた今西はニコニコしていた。話しかけるのも躊躇うくらいに。

「い、今西…?」
「あ、石川! おはよう!」
「お、おう…大丈夫か? 風邪…」

そう訊くと、更に表情を弛ませた。

「へへへ、うん。実はね…」

ニヤニヤしながら言い、今西は俺の耳に顔を近付けてくる。

「雪人さんが、治してくれたの」

俺は目を丸くした。

「ゆきとさん来たの!?」
「うん」

っていうか雪男そんな力があるのか。

「今日も来てくれるんだ」

やはり幸せそうな表情で今西は言う。

「……」

なんでこんなに幸せそうなんだ。

「…今西、お前ゆきとさんのこと…」
「ん? 何、雪人さんがどうしたの?」
「…いや、何でもない」

気付いてないな、これ。
ならわざわざ教えてやる必要はないだろう。人間嫌いの雪男に恋したって報われない。今西が泣くだけだ。

「人間好きになってくれるといいな、ゆきとさん」
「うん!」

今西は嬉しそうに笑った。俺は報われない恋はしない。



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