小説6

□参
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冬がきた。
しかし雪人はまだ来ない。





今西蜜樹は走って家に帰る。

「ただいま!」

そして姉の部屋へ急いだ。

「お姉ちゃん! 雪人さん…」
「来てないわよ」

大学4年で就職先も決まっている姉の頼子は、ほとんど家にいる。蜜樹は毎日帰るなり頼子に確認した。

「そっか…」

蜜樹はがっくりと肩を落とす。

「ていうか、その人ウチ覚えてんの?」
「え?」

頼子の言葉に、蜜樹は顔を上げる。

「1回しか来てないし、4ヶ月ぐらい前でしょ? 道忘れてんじゃない?」
「! そっか!」

蜜樹は顔を綻ばせて言う。そして家を飛び出した。





雪人は木々の間から人々を眺めていた。人々は賑やかにスキーを楽しんでいる。

「…人間なんて」

それを見ながら、雪人は呟いた。

『だから、冬になったら! また遊びにきて下さい!』

不意に蜜樹が言っていたことを思い出す。思い出して、顔をしかめた。

「ゆっ…雪人さーん! いないんですかー!? 雪人さーん!!」

そのときだった。そう呼ぶ声が聞こえ、雪人は振り返った。スキーを楽しむ人々の中に、蜜樹がいる。だがスキーはしていない。雪山に来るには少し薄いコートで、蜜樹は雪人を探しているようだった。

「雪人さーん! 雪人さーん!!」

蜜樹はきょろきょろしながら、何度も雪人を呼んだ。雪人は返事をしない。木の陰から面倒臭そうに蜜樹を見ていた。やがて蜜樹は諦めたように帰っていった。雪人は溜め息を吐く。しかし蜜樹は翌日もやってきた。その翌日も、そのまた翌日も。毎日毎日やってきて、日が暮れるまで雪人を呼んでいた。それを見ていても雪人は、しつこい女だとしか思わなかった。そしてそれは突然、パタリと途絶えた。毎日毎日来ていたのに、突然来なくなった。雪人が一向に姿を現さないので、諦めたのだろう。もしくは、飽きてしまったか。

「ふん。やはり人間なんて気紛れな生き物だ」

スキーをする人々を睨みながら、雪人は呟いた。




「雪人さん」

白菊が訪ねてきたのは、蜜樹が来なくなって5日後のことだった。

「奥入瀬」
「蜜樹ちゃん」

白菊が言い、雪人は目を丸くした。雪人が黙っていたので、白菊は続ける。

「毎日此処に来ていたんでしょう? 頼子が言ってたわ」
「…よりこ…? 誰だ?」
「蜜樹ちゃんのお姉さんよ。私の…知り合いなの」
「奥入瀬の知り合い?」
「そうよ。隆茂と大学のさーくるが一緒なの」
「さーくる…? で? 確かに来ていたが、最近は来ていない。それがどうした」

白菊が最初にサークルという言葉を聞いたときのように、雪人はその単語を聞き流した。

「貴方疑問に思わないの? どうして来ないんだろうって」
「さぁな。飽きたのではないか?」
「…熱を出して寝込んでるんですって」

眉をひそめて、白菊は静かに告げた。

「……」
「蜜樹ちゃん、今じゅけんせいってやつなのよ。じゅけんせいは風邪を引いちゃいけないの。なのに貴方に会いたくて…毎日此処に来ていたのよ」
「……」
「そのせいで蜜樹ちゃん、もう5日も寝込んでいるわ」
「……」
「私はそれを伝えにきただけよ。頼子が心配していたから。ああ、それと」

雪人に背を向けて、白菊は言う。

「蜜樹ちゃん、譫言のように貴方を呼んでるって」

頼子が言ってたわ、と付け足して、白菊は歩き出した。

「待て奥入瀬」

雪人は白菊の背に向かって言う。白菊は振り返った。雪人は溜め息を吐く。

「…蜜樹の家へ案内してくれ」
「……行ったんじゃないの?」
「道なんて覚えてる訳ないだろう」
「…そうね。私も最初は道を覚えるの大変だったし」

言いながら白菊は笑った。

「笑うな」

雪人は不満そうに言う。そして2人で山を下りた。



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