小説6

□陸
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雪人との再会を果たした翌日、今にもスキップしそうな程軽快な足取りで下校していた蜜樹は、途中の道で突っ立っている雪人を見つけた。待っていてくれたのだ。蜜樹は更に上機嫌になる。

「雪人さん!」

声を上げて駆け寄る。雪人は最初からこちらを見ていたので驚かない。ただ黙って蜜樹が傍まで来るのを待っていた。

「待っててくれたんですね!」

近くまで来ると、やはり嬉しそうな顔で蜜樹は言う。

「勘違いするな。家まで行こうと思ったが道が分からなかっただけだ。上から見ていたらお前が見えたので先回りしていた」
「…それを待ってたっていうんですよ?」

蜜樹はやはり微笑って言った。何よりも、会いに来てくれたことが嬉しい。

「やっぱり1回じゃ場所覚えられないですよね。でも丁度会えてよかったです」

言って雪人に手を伸ばす。雪人は眉をひそめた。

「馬鹿かお前は。私の体の冷たさは知っているだろう。手など掴んだらどうなるか分からんのか」

すると蜜樹は悲しそうに眉を下げ、手を下ろす。

「…そう、ですよね」

雪人は蜜樹から視線を外し、歩き出した。

「あっ…」

蜜樹の口から声が漏れる。雪人は振り返らずに歩き続けていた。蜜樹も駆け足で後を追い、隣へ並ぶ。

「…やっぱり、凍るんですか?」
「あ?」
「触れたら…私、凍りますか?」
「凍るな」

間髪入れずに雪人は言った。そうだろう。猛暑日にタオル越しに触っても凍りそうな冷たさだったのだ。真冬に素手でなんて触れるわけがない。分かってはいたが、あまりにはっきりと否定されてしまい、蜜樹は落ち込む。

「どうしたら…雪人さんに触れるんでしょう」

ぽつりと呟くと、雪人は眉をひそめて蜜樹を見た。

「お前、私に触れたいのか」
「え?」

雪人にそう言われて、蜜樹はぽかんとする。触れたい? 雪人に? 考えてみれば不思議だ。どうして触れられる方法を探していたのだろう。雪男に、触れれば命さえ落としかねない相手に、何故わざわざ触れることを考えていたのだろう。黙った蜜樹に、雪人は更に眉をひそめる。

「何だ、触れたいわけではないのか。なら何故そのような可笑しな質問をしたのだ」
「えっ…えっと…分かんない、です」
「は?」

雪人が更に眉をひそめて言う。眉をひそめすぎて完全に凶悪犯の顔だ。蜜樹はビビる。

「ご、ごめんなさい…」
「…フン」

蜜樹が怯えていると、雪人は目を逸らした。僅かに眉間のしわが減る。

「…自分でもよく分からないです。なんで…わざわざ触れる方法を考えてたのか」

それは殆んど恋に近かった。そうでなければ、触れたら死ぬような相手に触れようなんて思わないだろう。だが蜜樹の頭には、その可能性は全く浮かばない。そして当然雪人も、その可能性は全く考えていなかった。蜜樹の言葉に対して特に返す反応も思いつかず、雪人は黙っている。

「あ、そういえば」

少しの間黙って歩いたあと、蜜樹が突然思い出したように声を上げた。雪人は横目で蜜樹を見る。

「雪人さんの知り合いの雪女さんって…白菊さんって人なんですか?」
「…そうだが」
「やっぱりそうなんですね! その人、私のお姉ちゃんの友達らしいんです」
「友達だァ?」

比較的穏やかに戻っていた雪人の表情が、再び険しくなる。友達の何が不味かったのかと蜜樹は再び怯えた。しかしその直後、雪人は何か思い出したように表情を戻した。そして意地悪く笑う。

「そうか。奥入瀬はお前の姉のことをただの知り合いだと言っていたがな。友達だと思っているのは姉だけではないのか?」
「そっ、そんな…! ……どうして…そんなこと言うんですか」

そう言った蜜樹は、酷く悲しげな顔をしていた。雪人はドキッとする。蜜樹のそんな表情を見たのは初めてだった。

「…私はまだ白菊さんと会ったことないですけど…そんな嫌な人なんですか」

蜜樹が言う。その言葉で、自分が白菊の印象まで悪くしてしまったことに気付く。雪人がこの世で唯一信頼している女性を。

「い、いや…」
「お姉ちゃんは、白菊さんは人間を恨んでないって言ってました。…雪人さんに気を遣ったんじゃないですか?」
「…私に、気を?」
「友達、って言ったら、雪人さんがさっきみたいな反応するって分かってたから」
「……」

そうだろうか。そうかもしれない。白菊は優しい。それはよく知っているつもりだ。

「お姉ちゃんから私の話を聞いて、わざわざ貴方を連れてきてくれたんでしょう? 知り合い程度の相手にそんなことしますか?」
「…いや…」
「そういう風に、憶測で人を悪く言うのはやめてください。雪人さんの印象だって悪くなるんですよ」

蜜樹は真剣な表情で雪人を見つめる。可笑しなことを言う、と思った。今までの言動で、既に十分雪人の印象は悪いはずだ。

「…お前はやはり、馬鹿だな」

雪人はぽつりと呟く。いつの間にか目の前には、見覚えのある家があった。


漆へ


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