小説6

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僕と彼女と誰かの事情 3



「で、何話す?」

浴室のドアの前に腰を下ろし、僕は言った。話そうと言われても、特に話題はなかった。

「あー…えっと、えっとね…元気?」
「は?」

あまりに予想外の言葉に、僕は思わずそう言ってしまった。今初めて会話したというのに、元気か聞いてどうする。

「あっごめんなさい…変だよね」
「まあ…元気だけど」
「そっか。よかった」

ドアの向こうで美愛子が笑っているのが分かった。変な奴だ。

「えっと…そっちは今、何年の何月何日?」
「え?」
「あの、もしかしたら…時間が違ったりするんじゃないかと思って…」
「…ああ、こっちは今は…2012年の11月28日だけど。時間は夜の9時23分。そっちは?」
「2012年11月…じゃあ4年前だ。こっちは2016年の11月28日。時間も多分同じだと思う」
「美愛子は4年も先にいるのか…日にちと時間はぴったりなんだな」
「そうみたい。じゃあもう1つの可能性なんだけど…」
「何だ?」
「そこはもしかして、米原コーポの201号室?」
「えっ?」

僕は驚いて顔を上げる。確かにそうだ。

「なんで…分かったんだ?」
「…やっぱり。私も今、米原コーポの201号室に住んでるの」
「…あっそういうことか! つまり、2012年のここと、2016年のここが繋がってるってことなんだな?」
「そういうことみたいね」
「へぇー…じゃあ4年後には、僕と歌子はここに住んでないんだな。もっと大きいとこにでも引っ越したのかな」

そう考えると、何だかにやけてきた。もしかすると結婚を機に引っ越したとか…有り得る。

「…何考えてるの?」

僕が想像を膨らませようとしていると、美愛子が言った。そこで僕は現実に引き戻される。

「あ、ああ…何でもない」
「あの…あるく。もっと話してたいんだけど、逆上せるから私そろそろあがるわ」
「ああ…そうだな。俺もご飯食べないと。今日歌子遅いし」

言いながら僕は立ち上がる。

「…寂しくない? 彼女遅くて」
「いや? 全然。帰ってくるって分かってるからかな」
「…そう」
「むしろこういうことがある方が同棲してるって感じしねぇ? …あー美愛子は1人で住んでるから分かんねぇか」
「いや…分かるよ。分かるよ。私も昔彼と一緒に住んでたって言ったでしょ?」
「ああ、そうだったな。それって、ここで?」
「…ううん。別のとこ」
「ふーん。そっか」

そして僕は洗面所のドアを開けた。

「あの、あるく!」

呼ばれて僕は振り返る。やはり浴室に人影はなかった。

「何?」
「よかったら…また話さない? 歌子の帰りが遅い日とか…」
「え…」
「私一人暮らしだから…ちょっと誰かと喋れたら嬉しいなって…ダメ?」
「ダメ、じゃないけど…」

僕はついそう言ってしまった。そんな風に寂しげに言われたら、断りづらい。美愛子はそれを聞いて嬉しそうに「ホント!? ありがとう!」と笑っている。ますます断れなかった。

「あ、じゃあまた…ね。あるく」

美愛子がそう言って、浴槽から誰かが出る音がした。続いてシャワーの音がする。僕は洗面所を出た。軽く料理をしてから浴室を見ると、もう電気はついていなかった。【入浴中】のプレートもない。浴室を開けてみたが、やはり誰か入っていたように温かかった。

「水上、美愛子か…」

呟いて、僕は浴室のドアを閉めた。水上美愛子。4年後にここに住んでいる人物。

「…そういえば、何歳なんだろ」

僕はふと考える。聞きたいことができた。次はいつになるだろう。そう思いながら、僕は部屋に戻った。早く食べないと冷めてしまうし、歌子も帰ってくる。歌子には悪いが、やはりこのことは言えそうになかった。



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