小説4
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高文祭4日目。公演は無事に成功した。カミングアウトしたからなのか、ヤツがより積極的になった気がしたが、私は気付かぬ振りを通すことにした。そんなことより今は侑だ。
“高文祭終わったよー”
と、メールを送る。
“お疲れー
ノートどうする?”
と返事がきた。
遥名緑の恋 23
“火曜日もう数学あるんだよねー”
と、さりげなく私は休みの日に会うしかないという雰囲気を滲ませた。ちなみに月曜日は祝日だ。
“月曜日でいい?”
すると当たり前にそう返ってきた。侑は大して何も思っていないのだろう。
“うん
どこで渡す?”
“そっち行こうか?
今度は寝坊しないと思うから…”
私は悲鳴を上げた。ちゃんと覚えていてくれたのだ。
そして前回と同じ時間に待ち合わせすることになった。
“月曜日って暇?”
侑から言われた。何を意味しているのだろう。
“暇だよ”
“じゃあさ、一緒に勉強しない?”
また悲鳴を上げる。こんなことを言われて、私が悲鳴を上げない訳がなかった。勿論速攻で“いいよー”と返す。ヤツのことなどどうでもよくなる程幸せだった。
10月8日、雨だった。
お母さんに「パパ達と勉強会してくる」と伝えると、「じゃあ新しい定期買っておいで」とお金を渡されてしまった。当然だが、無人駅である南方駅で定期は買えない。定期を買うには最低でも2駅先の南宮崎駅まで行かなければならない。
「やっべーどうしよう」
すると携帯が光った。侑からのメールだ。まさかまた寝坊だろうか。
“数学のノート持って帰るの忘れた;
今日って学校入れるかな?”
私はホッと一息吐いた。わざわざ取りに行ってくれるのだ。凄く嬉しい。この間に定期を買いに行こう。
“分かんない;”
私は返す。すると“学校寄るから制服で行くわー”と返ってきた。それだけでまた嬉しくなる。私は駅へ自転車を走らせた。電車に乗り、宮崎駅まで向かう。定期を買い、携帯を見ると、メールが来ていた。
“電車乗れなかった;
14時7分ので行くわー”
今度はちゃんと来てくれる。それだけで十分だった。私は時刻表を見る。私が帰る電車と同じだった。
14時7分発の志布志行きは、宮崎駅が始発だった。私は電車に乗り、メールを送る。
“降りたら横に停まってる電車に乗ってー”
私が今乗っている電車のことだった。もうすぐ侑の乗っている電車は宮崎駅に着くはずだ。侑からは“分かったー”と返ってきた。少しして、隣のホームに電車が来る。自分の乗っている電車のドアを見ていると、侑が乗ってきた。私はドキッとする。来てくれた。侑が来てくれた。
侑は私に気付かないまま、私の斜め前辺りに座る。そして携帯を取り出した。私はドキドキする。誰にメールするのだろう。侑が携帯を操作し、閉じたところで私にメールが来る。まさかと思ってメールを開く。
“志布志行きってやつでいいの?”
侑だった。侑は私にメールしていたのだ。それを考えると、なんだか可笑しかった。すると侑は漸く私に気付く。侑は少々驚いたような顔をしていたが、とりあえずメールの返事は目で伝えた。侑の隣に、侑と同じクラスの男子が座ったので、あまり大きなリアクションはできなかった。
やがて南宮崎駅で男子は降り、私達は南方駅まで電車に揺られていた。南方駅で降りると、空は晴れていた。
「晴れてよかったねー」
「ねーよかった」
そして私達は歩き出した。しかしほとんど喋ることがない。しばし無言で歩き続けた。
「この辺ウチの学校の人他にいる?」
「うんー、兼屋くんとか」
「へぇー、そうなんだ」
「うん」
そんな風にたまに喋ってはすぐに途切れるを繰り返し、私達はファミレスに着いた。侑がドアを開けてくれる。
「ありがとう」
紳士的だ! と思った。
中に入ると、店員が「何名様ですか?」と尋ねる。侑は指を2本立てて、「2人です」と答えた。2人で来たのだから当たり前のことなのに、それがどうしようもなく嬉しかった。2人向かい合って座り、侑がノートを渡してくる。勿論数学のノートだ。
「ありがとう」
私は受け取ってノートを開く。自分のノートも開いて、写し始める。とりあえずは写し終えたが、内容はよく分からなかった。私が固まって侑を見ると、目が合った。にこっと笑って小さく首を傾げる。ああ、可愛い。
「どっか分かんないとこある?」
侑は優しく聞いてくれた。
「…全部」
私は苦笑いしながら答える。侑も苦笑いをして、私のノートを覗き込んだ。
「…あれ?」
自分でも分からなくなったようで、侑は首を傾げて自分のノートを見る。そして「あ、そっか」と呟く。思い出したようだ。
侑は自分のノートを見ながら、私のノートを指差して教えてくれる。侑指長い。そんなところを見ている場合ではないのだが。
「ここまで分かる?」
侑が上目遣いで訊いてくる。その顔は反則だ。可愛い。
「うん」
私は笑って答える。侑の説明は解り易かった。
説明が終わると、あとは個々での勉強タイムとなった。侑はドリンクバーを頼み、飲み物を注ぎに行く。私は何も頼まない。実は昼ご飯を食べていなくてお腹が空いているのだが。侑の前でがっつりご飯を食べ始めるのが恥ずかしいという気持ちと、自分のせいでご飯を食べる暇がなかったと侑に思わせてしまったら悪いという気持ちがあった。
少しして侑はオレンジジュースを注いで戻ってきた。一口飲んだところで目が合う。侑はにこっと首を傾げた。可愛過ぎる。
それからまた少しして、「ヘッドホンしていい?」と侑が聞いてきた。とりあえず「うん」と返す。侑はカバンからヘッドホンを取り出し、音楽を聴き始めた。会話する気はゼロである。まあ勉強会なのだから、会話はしなくてもいいのかもしれないが。もうすぐ中間テストもあることだし。
しかし話しかけることもできないこの状況は少し辛い。しばらく2人黙ったまま勉強を続けた。やがて侑はヘッドホンを外し、飲み物をお代わりしに行った。ホワイトウォーターを注いで戻ってくる。そしてヘッドホンをつけて勉強を再開した。
「……」
いつまでこの時間が続くのだろう。侑はいつまで一緒に勉強するつもりなのだろう。何時まで。カバンに常備している時刻表をチェックする。16時10分に電車がある。その次は19時18分だった。19時18分だと遅すぎる気もするが、16時10分だと今からでは間に合わないかもしれない。それにもう少ししか一緒にいられない。私は侑が言わない限り黙っておくことにした。やがて16時10分になり、窓の外を電車が通っていくのが見えた。
「電車、次7時18分なんだけど…」
それからしばらくして、侑がヘッドホンを外したのを見計らって私は言った。
「別にいいよ。じゃあ7時ぐらいにここ出ればいいね」
侑はあっさりと言った。それが嬉しい。あと3時間一緒にいられる。ほぼ沈黙なのは少し辛いが、一緒にいられる、今目の前にいるというのが凄く幸せだった。
19時になり、「そろそろ出よっか」と席を立ち、ファミレスを出た。駅までの道を、やはり無言で歩く。途中斜めに入る道に差し掛かったとき、侑は真っ直ぐ進んでいった。あれ? と思う。もしかして、道を覚えてない? やはりここは呼び止めるべきだろう。初めて声に出して“侑”と呼ぶチャンスだった。しかし呼べない。口を開くが、声が出てこない。そういえば、私は“侑くん”とも、“白川くん”とさえ呼んだことがなかった。今更になってそれを知る。呼んでいいのだろうかと思ってしまう。私が。
困ったまま立ち止まっていると、漸く私がついてきていないことに気付いた侑が、振り返った。そして慌てて戻ってくる。
「こっち」
私は駅の方向を示していった。そして2人で歩いていく。
駅に着くと、「じゃあね」と侑が手を振る。「うん、バイバイ」私は手を振り返した。そして侑はホームへ向かう。私は自転車置き場で自転車を取り、家路についた。
高文祭の帰りに“やった”などと言いやがったヤツは、吹っ切れたとでもいうのか、前よりも積極的に絡んでくるようになった。毎日ついてくるのは当たり前、電車を待っている間も隣に座って話しかけてくる。それが日常になっていた。内容は大体が日常的なことでその他好きな色など好みを聞かれたり、私から話題を振ることはほとんどなかった。
そんな日々が続いて、30日。その日も不本意ながら一緒に帰っていた。そして、
「あのさ」
「何」
「明日一緒に帰らない?」
「…は?」
ヤツは私の誕生日を知っていた。
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