小説4

□20
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11月下旬。
また席替えの時期がやってきた。侑と離れるのは嫌だったが、流石に3度目はないだろう。ただでさえ会話が少なかったのだ。席が離れたらきっともう、接点は何もなくなってしまう。それでもやはり席は離れてしまった。しかも侑の方が私より後ろの席で、見ることもできなかった。


名緑の恋 20



「白川くんとメールしたいなあ」

音楽室で、隣に座っている日向亜莎実に零した。

「いいじゃーん! しなよ!」

亜莎実はウキウキと言う。彼女は基本的にこういうテンションだった。

「でも席離れちゃったし、アドレス訊けないし…」
「あたしが訊いてあげよっか!?」
「えっ? うー…でもなあ…」

大して喋ったこともないのに、突然アドレスなんて訊いて怪しまれないだろうか。私は迷っていたが、亜莎実は既にノリノリだった。



夜。私は亜莎実に“どうしよう?”とメールを送った。すると。

“ごめーん!
侑くんにメール送ったんだけどまだ返ってきてない!”

と返ってきた。

「えぇぇぇぇぇぇ!!!?」

私はメールを見て叫ぶ。まだ返ってきてない? まだ訊いてって言ってない! 私はパニクっていた。慌てて返信する。

“ええ!? もう送ったの!? なんて送ったの!?”
“えー
侑くんに話あるんだけどちょっといいー!?
みたいな!”

私は溜め息を吐く。

“えー…うわーどうしよう…!”

しばらく亜莎実から返信はなかった。そして30分程経った頃、ようやくメールが返ってきた。

“返事きた!
しかもメールしてくれるって☆
アドは↓↓
0x0x0x0x0@xxx.ne.jp
だよ↑↑
まだみどりって名前だしてないからちゃんと自分で名乗りなよォ♪”

「……」

私の知らないところでどんどん話が進んでいたようで、もうそこには侑のアドレスが添付されていた。仕事早過ぎる。私は携帯を握り締めたまま、どうしようを頭の中で繰り返す。いや、どうしようも何も、もう既に取り返しのつかない状態だ。これで送らない訳にはいかない。逆に怪しい。私は震える手でメールを打ち始める。

“突然ごめんね
同じクラスの遥名緑です
よろしくお願いします!”

問題ないだろうか。私は打ったメールを確認し、送信ボタンを押した。

「きゃああああ」

ベッドの上で携帯を投げ捨てる。このまま待っておくなんて無理だ。私は返信が来る前に、とダッシュで風呂へ向かった。ドキドキしながら風呂に入り、上がって部屋に戻ると、携帯のランプが点滅している。開くと“Eメール 1件”とある。私の緊張はMAXだった。フォルダを開くと、“白川くん”の文字。侑だった。

“登録しとくわー”

その一言だった。ドキドキした割には呆気ない返事だったが、十分だ。時間を見ると、私が送って10分後だった。それから30分経って、もう11時を過ぎている。あまり遅くにメールするのは悪いとの判断で、私は明日返信することにした。



翌日。

“侑くんって彼氏とか彼女とかいたりするの?”

とメールを送った。今までほとんど絡んだことのない相手だ。当然私は“白川くん”と呼んでいた。というか、本人に対しては呼びかけたことがなかった。しかしここで“白川くん”と呼んでしまっては、この先ずっとそう呼び続けることになってしまう。それならいっそ、最初から“侑くん”と呼んでました感を出せばいい。亜莎実も“侑くん”と呼んでいたし、幸い、ウチのクラスには白川が3人いる。仮にどうして名前で呼ぶのかと問われても、3人の白川を分ける為と理由をつけることができた。
ちなみに“彼女とか”の前に“彼氏とか”をつけたことに特に意味はない。何となくだ。本気で侑に彼氏がいる可能性を考えていた訳ではない。

“いないよー”

返ってきたメールはそれだけだった。どうやら彼のメールは短文らしい。彼女も彼氏もいないということで、私はホッと一息吐いた。少しメールした後、

“そろそろ寝るわー
おやすみ”

とメールがきた。私が“おやすみ”と返して、メールは終わる。“おやすみ”。なんて幸せな言葉なのだろう。好きな人のおやすみなんて、聞ける日がくるとは思わなかった。この直後、私が奇声を上げたことは言うまでもない。






「みーどりっ」

月曜日の朝、ニヤニヤしながら亜莎実が声をかけてきた。

「メールしたぁ?」
「したよー」

私は返す。恐らく幸せオーラ全開の笑顔だったと思う。

「てかさぁ、」

亜莎実は急に真剣な雰囲気になって言う。

「侑くん好きなんだったらもうそれ外しなよ」

亜莎実は私の胸元を指差した。そう、貰ってからずっと身につけていた、野村の第2ボタンのことを言っているのだ。

「……そうだね」

私は笑った。
このときようやくキッパリと、野村をやめたのだった。





それから私はほとんど毎日メールをした。話題を一生懸命探して、色々質問したりして。それ程早くはなかったが、侑もちゃんと返してくれた。毎日の“おやすみ”が嬉しかった。しかし1ヶ月程経って、途中でメールがぱたりと途絶えてしまった。気にしない方がいいのだろうか、気にした方がいいのだろうか。とりあえず、翌日もメールを送ってみる。

“昨日は途中で寝てしまったー
ごめん”

と返ってきて、私はホッとした。よかった、嫌われてしまった訳ではなくて。前回の野村のこともあって、私は侑に嫌われることをとても気にしていた。野村は嫌われてもいいと思っていたが、侑には嫌われたくなかった。
クリスマスイヴ。
“メリークリスマス”メールを送ってみたが、返信は来なかった。今まで、全く返信が来ないということは1度もなかったのだ。いつも1通は必ずメールをくれた。今度こそ本当に嫌われたのだろうか。そういう風に考えてしまう。
翌日、特に何があった訳でもなく、アドレスを変えた。早速アド変のメールをみんなに送る。すると1通返事がきた。侑だった。

“分かったー

昨日はごめん
早く寝てしまってメール返せなかったー”

それだけで十分だった。大体の人はアド変のメールには返信しないのに、返してくれた。元旦にはあけおめメールを送った。送ってすぐに寝る。朝起きたら返事が大量に来ていた。その中に侑のメールもある。

“あけおめ
今年もよろしくー”





年明けから1、2週間が経った頃。メールをしてもあまり返って来なくなった。2、3通でそのまま終わったり、1通だけでもう返事が来なかったり。部活等で疲れているのだろうか。やはり迷惑なのだろうか。寂しかった。それから数日経って日曜日。ダメ元で再びメールをしてみた。するとすぐに返信が来る。

“最近あんまりメール返せなくてごめん”

私は奇声を上げた。そう言ってくれたことが嬉しすぎる。そして何通かのやり取りのあと、来週の日曜日にまたメールするということになった。そう約束してくれたのだ。更に翌週の日曜日、メールは毎週日曜日ということが決まった。今の私にとって、これ程嬉しいことはなかった。





2月11日、バレンタイン用にチョコレートを作った。あげる人を数えて材料を買う。あげる人の中には当然侑も入っている。

“バレンタインのチョコ作り過ぎちゃったんだけどいる?”

中学の時と同じパターンである。そうメールすると“いるー”という返事がきた。

“いつ渡そう?”
“放課後でいいんじゃない?”
“じゃあ放課後でー何処で渡せばいい?”
“うーん
分からん;;”

その後、なかなか場所が決まらずに不毛なやり取りが続いたあと、“そろそろ寝るわーまたメールしてよ”というメールが来て終わった。“またメールしてよ”が嬉しすぎて、私は狂喜乱舞だった。



そして2月14日。
前日にようやく決まった場所は、演劇同好会の活動する教室の近くだった。少し奥まったところで、比較的人通りが少ない。そこでチョコを渡した。

「ありがとう」

侑は笑顔で受け取ってくれた。

「うん」
「じゃあ俺部活行くわ」

そして侑は去っていく。私は手を振って見送った。幸せだった。今まで経験したことのない、甘酸っぱい、幸せな恋だった。
夜、“どうだった?”とメールしてみた。日曜日ではないが、今日くらいはいいだろう。

“おいしかったよー”

そう返ってきて、一安心だった。野村とは違って、侑はきっとお返しをくれるだろう。彼は優しいから。




「みーどりっ聞いてー!」

バレンタインの翌週の月曜日だった。亜莎実がニヤニヤしながら絡んできた。

「何?」
「じーつーはー…告っちゃったー!」
「えぇっ!? 誰っ…まさか白川碧!?」
「そう!」
「えっで!?」
「OKだってー!」
「まじで!?」

亜莎実はいつも以上にテンションが高かった。そして付き合うに至った経緯を語り出す。亜莎実もバレンタインに、碧にチョコを渡していた。そして昨日、告白のメールを送ったらしい。しかし碧は携帯を持っていないので、パソコンのメールなのだ。なかなか返事が来ない。2時間程経って、ようやく返事がきた。“いいよ”と。亜莎実は思わず“ホントにいいの!?”と送ってしまったらしいが、再び“いいよ”と返ってきたそうだ。

「えーよかったじゃん」

碧のことは嫌いだが、亜莎実の恋が叶ったのであれば祝福する他ない。すると亜莎実は私の肩に手を置いて「次はみどりの番だね」と言った。





それから1ヶ月後。ホワイトデー前の日曜日がきた。私は侑がお返しの話をしてくれるのではないかと期待しながら、普通にメールをする。いつも通り返事がくるが、お返しの話は全く出ない。しかも私が今日出かけたという話をしたら、“いいなー俺何処も行ってない;”と返ってきた。つまりは、お返しも買ってくれていないのだろうか。そうこうしているうちに、“寝るわーおやすみー”ときて、メールが終わってしまった。

「……」

あれ? お返しは? “おやすみー”と返したあと、携帯を眺めながら思う。まさか、本当にないのだろうか。もしやチョコを貰ったことすら忘れている? そんなことも考える。これが好きではないということを示しているのだろうか。考え出したらそればかりだった。
ホワイトデーの前日。もしかしたらくるかもという期待をしてみたが、やはりメールは来なかった。もうお返しは来ないのだ。明日はクラスマッチというクラス対抗のスポーツ大会がある。約束をしていないと、貰うのは難しいだろう。
そして迎えたホワイトデー当日。クラスマッチだったが、部活はあった。もうくれないのだと諦めていた私は、放課後早々に演劇同好会の活動場所へ向かう。貰えないのに、期待しているかのようにいつまでも教室に残っているのは嫌だったのだ。活動場所の教室に荷物を置くと、パパと一緒に進路指導室へ向かった。顧問は3年生の担任なので、進路指導室にいるのだ。顧問を呼んで戻る途中、正面から侑が歩いてきた。部活に向かっているようだった。すれ違ったあと、

「遥名さん遥名さん」

名前を呼ばれた。ドキッとして振り返る。

「ん?」
「お返し…持ってきたんだけど」
「ああ!」

まるで気にしていなかったようなリアクションをしながら、心の中では叫び声を上げていた。

「どうする…?」
「どうする…?」
「ここでいい?」
「うん」

私は頷く。侑は傍にあった椅子にカバンを置き、漁り始めた。私はドキドキしながら侑の背中を見つめる。やがて侑が振り返り、「はい」と袋を渡してきた。

「ありがとう」

受け取ると、侑はカバンを閉めて肩にかけた。すると、少し遠くから誰かが歩いてくるのが見えた。名前は知らないが、侑と同じサッカー部であることは知っている。その男子はニヤニヤとこちらを見ていた。そいつが侑に絡み始めたせいで、私と侑はバイバイも言わずに別れてしまう。振り返ると、男子は侑の首に腕を回してニヤニヤしていた。どうやら問い詰められているらしい。2人が外へ出てドアが閉まると、私は奇声を上げながら演劇同好会の教室へ突進した。室内には顧問とパパと岩さん、そして華田がいた。

「開けちゃおっかな! 開けていい? 開けていい?」
「開ければいいじゃん」

呆れ顔でパパに言われ、私は袋を開ける。

「可愛いー!!!」

私は再び叫ぶ。可愛らしいキャンディがいくつも入った黄色いミニバケツだった。

「へえー可愛いじゃん」
「可愛いー! めっちゃ可愛いー!!」
「しかもバケツ残るじゃん!」
「だよね!! やーんまじ嬉しいー!!」

私の興奮はなかなか冷めない。侑が私の為に、私のことを考えながらこれを選んでくれたのだと思うと、本当に嬉しかった。
そんな私の後ろ姿を、華田がうるさそうに見ていたのを、私は一瞬だけ見た。



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