小説4

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“南行きたい”

私は永依ちゃんにメールでそう告げた。

“んじゃついてったげるよー”

そんな返事がきた。


遥名緑の恋 19


南に行きたい、ということはつまり、野村に会いたいということである。ただ会いたいという気持ちと、会って区切りをつけたいという想いがあった。野村の通う青山南高校へは南宮崎駅で降りる。そこから先の行き方は永依ちゃんが知っているらしい。永依ちゃんは南の近くの私立高校に通っている。
7月中旬、終業式を間近に控えたその日、それは決行されることとなった。私は南宮崎駅で降りる。永依ちゃんはまだ学校が終わっていないらしく、永依ちゃんの学校の門の近くで待った。しばらくして永依ちゃんが出てくる。そして2人で南へ向かった。南が一体何処にあるのか、私にとっては未知だ。こんな入り組んだところにあるのか、といった感じだった。青山南高校は、道をひたすら奥へと進んだ先の行き止まりにあった。鬱蒼と木々が生い茂り、閉鎖的な雰囲気を漂わせている。近寄り難い印象がある学校だった。とりあえず私達は門の傍の石の上に座り、雑談を始めた。時折中学の同級生達が通り、そのたびに絢美を待っていると告げた。しかしいつまで経っても野村は通らない。部活なのだろうか。部活だとしたら何の。
やがて日も落ちてきた頃、絢美と岩山さんが通りかかった。

「緑と永依ちゃん!」

2人が近寄ってくる。

「おー絢美ー岩山さん」
「どうした? こんなとこで」
「うん、緑が野村に会いたいらしくて来たんだけどー」
「あー野村ね」
「野村いないの?」
「いや、多分まだいると思うけどー部活行ってんじゃない?」
「部活って何入ってんの? またテニス?」
「いや、放送部」
「は!?」

それはあまりに衝撃すぎる回答だった。中学までテニス部だった男が一体どんな経緯を辿れば高校で放送部に入るのか。面白すぎる。

「えっ放送!? 放送部!? えっ何で!? 何があったワケ!?」

私は笑いながら絢美に訊ねた。

「なんか鍋田が放送部入ってさー、勧誘されたらしい」

鍋田というのは中2のとき同じクラスだった鍋田祐陽のことだ。ちなみに多村さんの元彼でもある。

「勧誘!? 普通友達に勧誘されたからって放送部入る!? 超ウケる!!」

私と永依ちゃんは爆笑だった。永依ちゃんは私程ではなかったが。だって本当に面白すぎる。わざわざ学校まで来たというのに、結局今日も野村には会えなかった。しかも野村はテニスもやめて、勧誘されて放送部に入ったなんて。話を絢美に聞いただけ。本当に、本当に面白すぎる。

「有り得ねー! 何やってんのアイツ!」

そう笑わなければ、本音がこぼれてしまいそうだった。






「どこに誰が座ってるか覚えてる?」

9月のある日の放課後。
そんな何気ない一言から、それは始まった。

「ここ誰だっけ?」
「あーあれあれ、えっと…山内!」
「あーあいつか」
「ここは亜莎実でしょー」
「ここは…渡邊だっけ」
「ここ誰だ?」
「そこあたしだし!!」

1つ1つどの席に誰が座っているか当てていく。そして事件は起こった。

「ここ誰だっけ?」
「えー…誰だっけ」
「えー出てこない」
「誰?」

誰1人どうしても思い出せない。3人もいるのに。しばらく考え込んだが、やはり誰も出てこない。

「まあ、後回しにする?」
「そうだね。1人出なかった人名簿見れば」
「うん」

という訳でその席は保留にし、残りの席を当てていくことになった。最後まで終わり、名簿を確認する。

「結局分かんなかったのあの席だけだったねー」
「しかも最後まで出てこなかったし」
「1人だけとか失礼すぎじゃね?」
「うん、誰だ?」

名簿を辿り、名前を呼ばなかった人を探す。

「あ」
「いた?」
「白川くんだ! 白川侑!」
「あー!!」
「あの人か!」

忘れられていたのは白川侑だった。

「うわごめん白川くん」
「1人だけ思い出せなかったとか…」
「どんだけ影薄いの白川くん…」

私達は何だか凄く切ない気持ちになって、侑を見る度に、思い出してしまった。
それから数日後。
席替えが行われた。方法はくじ引きで、信じられないことに私は侑の後ろになってしまった。しかも周りは全員男子である。私は前に座る侑を見ながら、やべークラスで唯一思い出せなかった1番影薄い人だぁぁと思っていた。

「どうだ? 今回は女子を隣同士にしてみた」

担任が言う。私ははぁ? と思った。え、どこが? 私の周りの男子もえ? というように私を見る。私は教室内を見回した。よく見れば、確かに全ての女子が隣同士だった。私以外の。ウチのクラスの女子は11人だった。せめてどっか3人並べてよ…。私の声は担任には届かない。
その日の6限は専門だった。専門というのは学科別に分かれて行う授業である。なので学科によって終わる時間が若干変わってくる。中でも私達デザイン科はいつも先生の話が長引いて遅くなってしまっていた。そうなると、帰りのHRが始められず、クラスの他の人達を待たせてしまうことになるのだ。それなのに歩いて帰ったりすると、担任がキレる。なので今日も私達は走っていた。
教室に着くと自分の席に向かう。私の席は廊下側で、今日は風が強かった。すると、侑が風で飛びそうな私のプリントを押さえてくれていた。

「ありがとう」

私はプリントを自分で押さえる。侑は前に向き直った。白川くんめっちゃ優しい! というのが今日気付いたことだった。






「遥名さん遥名さん」

ある日の朝。
前から声をかけられ、私は顔を上げた。侑が振り返ってこちらを見ている。

「シャーペン2本持ってない?」
「あぁ、あるよー」

私は筆箱からシャーペンを取り出して侑に渡した。

「借りていい?」

侑が言う。いや、渡しといてダメと言う人はいないだろう。

「いいよー」
「ありがとう」

彼は私のシャーペンを持って前に向き直る。そんな侑の背中を眺めた。嬉しかった。周りは私以外みんな男子なのに、隣の男子にでも借りればいいのに、わざわざ振り返って私に借りてくれた。それが嬉しかった。
朝のHRが終わったあと、

「遥名さん」

侑はもう一度振り返った。

「これ今日1日借りていい?」
「うん」

大歓迎だった。
私は昔からあまり男子に好かれない。からかいやネタの対象にされることが多かった。このクラスでもあまり例外ではない。現に、侑と同じ部活(サッカー)で恐らく親友でもある花内雨紀は、私のことが嫌いのようであったし、同じく侑と仲が良い白川碧も同様だった。だから嬉しかった。侑が普通に、優しく話しかけてくれたのが、嬉しかったのだ。





10月下旬。ウチのクラスの席替えは月一であるため、また席替えの時期だった。
やっとこの男子に囲まれた席から解放されると思うと嬉しかったが、侑の後ろでなくなるのは少し寂しいものがあった。
ところが。席替えをしてみれば、私はまた、侑の後ろになっていた。しかも今度は私の後ろに美画ちゃんがいる。男子に囲まれている訳ではない。やべー今なら死ねる!! というのが私の心境だった。この1ヶ月そんなに侑と話した訳でもなかったが、私はもう、侑のことを好きになっていたのだと思う。





それから数日、美画ちゃんが後ろにいることもあり、やはり会話はなかった。あまりしつこく話しかけて馴れ馴れしいと思われるのも嫌だし、何よりいざ話しかけようとすると言葉が出てこないのだ。

「ここは侑」

英語の授業中、先生に当てられた。他の当てられた生徒と共に、侑は黒板に書かれた問題の答えを書きに行く。ところが、侑が書いた文は、複数形の“s”が抜けていた。話しかけるチャンスだ、と私はそう捉えた。信じられないくらいドキドキしながら、席に戻った侑の肩を叩く。侑が振り返った。

「“s”抜けてるよ」

私は黒板を指差して言った。侑は前を向いて自分が書いた文を見直し、再度振り返った。

「いいよ。気付かないでしょ」

そう笑いかけてきた。可愛すぎる。先生は1つ1つ答え合わせを始めた。侑の書いた部分に差しかかる。

「“s”つけろよー」

先生は言った。やはり気付かれてしまった。すると、侑が僅かにこちらを向いて微笑んだ。死んでしまいそうなくらい、嬉しかった。友達と認められたような気がして。
それが、私が初めて侑に話しかけたときのことだった。


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