Noir fleurs
□ストレンジ・ビースト
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廊下を進む足音が、四つ。
「≪白乾児≫の部屋はその角ですわ」
「ねえねえ、ここお料理おいしい?」
「お前は食べ物のことしか頭にねえのか」
後ろから小突かれ、琳はあいて、と声を上げた。
そんな兄妹を見て微笑んだロゼは琳の質問に答える。
「ここのシェフ、ゼストリアのお料理は天下一品ですわ、マドモワゼル」
「ほんと!?」
「ええ、あとでお連れいたしますわね」
「やったあああ!!」
無邪気にはしゃぐ琳を横目に、禮が頭を抱える。
ロゼはくすりと笑った。
「可愛らしい妹様ですわね」
「可愛らしすぎて手に余ってるがな」
皮肉っぽく言った兄の言葉に、累が微かに笑みを零した。
「≪白乾児≫の部屋は散らかっておりますけれど、出来るなら御気になさらないでくださいませね」
「おう」
一言注意を促してから、ロゼは扉をノックした。
静かな廊下にこつこつ、という軽い音が響く。
「明花姉様、お連れ致しました」
「あァ、お通ししてくれるかイ」
扉を開くと蝶番が僅かに音を漏らした。
そしてその先に広がっていたのは書類の山、山。
明花、もとい≪白乾児≫は照れたように笑った。
「悪いねェ、遠くから来てもらったのにこんなに散らかってて」
どうもアタシは片付けが苦手でね、と彼女は言いながら適当に書類を分けてソファを空けた。
長いチャイナドレスのスリットから覗く白い足は瑞々しく、彼女が若くしてこの組織を率いていることが見て取れる。
「ちょいとその辺りに腰掛けてもらってもいいかイ。…――さて、今回神元家を御呼びしたのは、アタシたちじゃ手に負えない『群れ』が確認されたからなんだ」
「西端のアレか」
「そう。千とも二千とも言われているが、ここだけじゃ精々捌ききれて八百だ」
明花は、最強の夜警組織なんて大仰な名前で呼ばれといてこの様じゃ格好つかないけどね、と苦笑して、ロゼに地図を持ってこさせる。
彼女と兄弟の間の背の低い机にばらりとその地図を広げた。
「これが欧州地区の地図さね。そんで、」
「ここか。群れが発生したのは」
西の端、≪火の都≫の辺りを禮が指で示す。
「アタシらの戦闘要員は、言い方は悪いがピンキリ全部入れて五千だ。弱い奴はチーム編成にするとして、強い奴は二人組にしようと思ってる」
「あァ、それでいいんじゃねえか」
「神元家にはバラけてもらうがいいかイ?」
「構いませんよ」
「じゃあ、そうだね……ロージィ、何か書くもん取っとくれ」
呼ばれ、ロゼが散らかった紙の中から無地のものと、近くに立てかけられていた羽ペンを渡した。
静かな部屋にかりかりという音が柔らかに響く。
「禮氏、アンタはロゼと組んでもらう。琳嬢はラグと。…で、累氏には一旦後方でウチの医者と組んでもらいたい」
「後方…ですか」
「その医療技術を温存したいのサ。前にもこんなことがあったが、ウチのだけじゃ捌ききれなかったんでね」
「了解しました」
戦闘能力・スタイルをメモに取りながら、傍らではそこから弾き出した組み合わせを書き付ける。
ワインレッドの瞳がきらりと輝いた。
それを見、ロゼは兄妹に声を掛けた。
「≪白乾児≫はこうなると中々動きませんの。今のうちに施設内をご案内致しますわ」
「おう、頼む」
部屋を出る直前に明花の方を少しだけ振り返る。
映ったのは真剣な面持ち。
その横顔をちらりと見やり、累は彼女が若くしてこの組織を仕切っている理由が、何となく理解できた気がした。