Blanches fleur

□そうじゃないのに
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それにしても、と、彼女は自身のことを考える。

何故私は生来より、思ったことを素直に口にできないのか。

妙な意地を張らずに嫉妬したと、だから止めてくれと言えば彼だって分かってくれたろうに。
――何より、自分も大人しく話が聞けたろうに。


「…大嫌い、などと」



傷つけるためだけの嘘。

彼は傷ついただろうか。
どれほど傷ついただろうか。
赦してくれるだろうか。

赦してくれなかったら、どうしよう。

こんなに好きなのに、何故大嫌いなどと口走ったのだろう。



「すき…だいすき、ジン…ッ!」


薔薇苑の真ん中。
押し当てた掌に溢れる涙。
漏れる嗚咽。

ふわり、柔らかな香り。


「それは良かった」

包み込む、熱。
耳元で響く声。

腕に込められた力の強さ。
見上げた瞳の優しさ。


「何で、ここに」
「愛する人が怒っていることほど、悲しいことはないだろう?」

柔らかな微笑みは悲しげに影を落とし。
その唇は謝罪を告げる。

「すまなかった。…言えなかったんだ、俺が吸血鬼だって。嫌われたくなかったからな」
「そのくらいのことで…嫌いになんか、なるわけがないだろう…」
「それから――もう一つ」

ぐっと体が引き寄せられ、ジンの唇がシードルの耳朶に触れた。
直接耳に流れ込んでくる、声。


「お前が大事だった。大事すぎて……血を採ることなんか、出来なかった」

「けれどそのことでお前を不安にさせたのは、本当にすまないと思っている」


甘やかな声がシードルの心を解していく。
そっと腕を彼の背に回してみた。

途端体を僅かに離されて、嫌だったのだろうかと瞬間的に思ったが、次の瞬間にはそんなことも考えられなくなった。


薔薇苑の真ん中。
押し当てられた唇。
漏れる吐息。

重なり合う影。


「そうじゃない」を否定する言葉。
否定の否定、二重否定。

遠回りの肯定。



つまるところ、君が好き。
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