七重の珠

□治療
2ページ/5ページ

「漆夜、終わったよ」
「主は…」
「無事だから。頼むから落ちついとくれよ」
「お…落ち着いてるじゃないですか」
「嘘吐くんじゃないよ。先刻からソワソワしちまって…アンタらしくもない」


くすくすと笑いが零れる。


「そんなにあの子が大事かい?」
「……」
「『鬼』と言われたアンタが、あそこまであんな小娘を――


ダン、と大きな音がして、漆夜は一足飛びに紅埜に詰め寄った。
前肢で彼女の顎を固定し、射るような瞳を至近距離にある彼女に向ける。


「…黙ってください」
「そうやって凄んだってアタシには勝てないよ。解ってんだろう?」
「何が…」
「解ってるくせに。…本当にねェ、あんな小娘、何処が良いんだィ?」
「…黙れ…!」


ギリ、と奥歯が噛み締められる。
双眸が細くなり、今すぐ殺してやりたいとでもいう様に、彼の顔が歪められた。

紅埜は一向に怯えることなく、くすくすと笑う。


「悪かったよ」
「何が」
「からかったりして、サ」


また自分はこの人の掌の上で転がされていたのかと思うと、漆夜は気が抜けた。

全く、毎度毎度、騙そうとする彼女も悪いが、騙されてしまうのか。


人間なんて、
信じているわけじゃないのに。



「あの子が目覚ましたら、とっとと宮に連れてお行きよ。アタシだって暇じゃないんだ」
「先刻は暇そうでしたが」
「煩いねェ、この仔犬は」
「誰が仔犬ですって…!?」
「だァから熱くおなりでないよ。落ち着けって言ってるだろう」
「…ッ主のところにいってきます!」


ダンダンと足音を響かせながら、漆夜は立ち去った。
その後姿を見て、紅埜は一人、忍び笑いを続けていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ