Blanches fleur

□鳴いた雲雀は何処に行く
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穏やかな昼下がり。
主は隣宮の紅葉様と買い物に行き、平然賑やかな宮の中は今はしんと静まり返っていた。

直後、背後に気配を感じてさっと左に移動する。
一瞬前に自分がいた場所に男が倒れこみ、ぐえ、と潰れたような声を上げた。

はあ、と溜め息を吐き、漆夜は口を開く。

「普通に入って来れないのか、お前は」
「しーずんが受け止めてくれりゃ怪我しなかったのによー」

全く悪びれもせず額を擦る闖入者――もとい黄蓮を横目に、また一つ溜め息を吐く。

「誰だ、そのしーずんというのは」
「しーずんはしーずんだろ。つまりお前だ」
「禿げろ」

にべもなくぴしゃりと言い返す漆夜。
それでも黄蓮のために茶を淹れる手は止めない。

「しーずんは優しいよなあ」
「何だ、薮から棒に。気色悪いな」
「何だかんだ言いながら茶淹れてくれんじゃん」
「…来訪者に対する最低限の礼儀だ」

ぶっきらぼうに言うと、漆夜は薄氷色の瞳をふいと逸らして、椀に茶を注いだ。
しかし黄蓮は知っていた。

「照れ隠しなんかしちゃって」

漆夜の背に自分の体重を乗せる。
何か抗議の声が上がった気がしたが、気にしないことにした。

「お前がぶっきらぼうなときは照れ隠ししてるときだもんな」
「何を根拠に…」
「だってさ、」

わざわざ耳元で指摘してやる。
女を落とすのと同じに、耳に吐息が掛かるようにして極上の声で。

「耳、赤いぜ」
「そこで、喋るな」
「生まれたときから一緒なんだ。お前の弱点なんか網羅してんだよ」
「…黙れ。放り出すぞ」

きっと睨み付けると、黄蓮は「こえー」と、然程怖くなさそうに笑いながら離れた。
そして少し温くなった茶に口をつける。

庭の梅に留まった雲雀が仲間を呼ぶように鳴いた。



それから半刻。
縁側で二人が微睡んでいると、各々の主が帰ってきた。


「しずー、今帰ったよー」

漆夜は慌てて起きたが、黄蓮はいつの間にか完全に眠ってしまったようだった。

「お帰りなさい」

縁側から荷物を受け取りながら、少しお待ちくださいと声をかけた。
荷物を奥に置いて、桶に水を張る。

手拭いを片手に少女たちの許へ戻った。

砂まみれの足を浄めてやろうとすると、紅葉が恐縮しだした。

「し、漆夜さん!いいってうちは…」
「そんなわけには参りません。廊下を汚されては困りますからね」
「…せやな。ほんならお願いします」

差し出された足を湿らせた手拭いで丁寧に拭いていると、不意に紅葉が口を開いた。

「ええなあ、ようちゃんとこは漆夜さんで…」
「くれちゃんとこの蓮くんだって優しいじゃない」
「優しいは優しいけど…寝坊助やさかいなぁ」

ちらりと横目で寝こけている自分の神使を見やって溜め息を吐く。
耀はくすりと笑い、胸中でそんな蓮くんが好きなくせに、と呟いた。

「ようちゃん、何笑てんの?」
「ん、別に…」
「別にって顔してへん!吐きィや!」

きゃあきゃあとじゃれる少女たちに、暴れないでくださいと形式的な注意をして、漆夜は水を汲みに席を外した。



井戸で水を汲み上げながら、ああ、今日も平和だと独り言ちる。


青い空に、雲雀が四羽飛び立った。




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