Noir fleurs
□ストレンジ・ビースト
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「ねー、やっぱさっきの道左じゃないの?」
「うるせえ、ちょっと黙ってろ」
「地図を見る限りここだと思いますけどねえ…」
地図を真ん中に三人で額を付き合わせ、道を間違えたんじゃないのか、絶対に合ってる、お腹空いた、黙ってろ等と会話を交わす。
三人寄れば何とやらとはいうが、見知らぬ土地ではどうにも分が悪かった。
手詰まりか、と長兄である禮が思った瞬間、背後から声がかけられた。
「ムッシュ…ムッシュ・カミモト?」
「ん?」
振り返ると小さな少女がこちらを見上げていた。
一つ、上品に膝を折る。
「あ…失礼致しました。私、≪薄紅葡萄酒(ロゼ・ワイン)≫と申しますわ」
「俺たちは確かに神元だが…何の用だ、嬢ちゃん」
「お迎えに参りました」
「ほんと!?もー迷っちゃって大変だったんだぁ」
妹、琳が顔を輝かせて喜びを露にしたが、その頭に軽く拳が下ろされた。
「黙ってろ。…嬢ちゃん、『詞』は持ってるか?」
「ええ」
「だってよ。――累」
後ろで静かに話の推移を見守っていた末弟、累が眼鏡を掛け直しながらロゼに問うた。
「『愛とは虚像であるか』?――一つだけヒントを差し上げます」
彼の聞き慣れない言葉に、禮の片眉が僅かに動いた。
「その愛は二つ重ねるとどうなりますの?」
「負へと、傾くでしょうね」
その質問に、累は出来の良い生徒を見るような眼差しで少女を眺めた。
ロゼはじっと考えた末に答えを出す。
その瞳はまっすぐに累の瞳を捉えていた。
「愛を二つ重ねて負に傾くのなら、それは虚像であると言わざるを得ない」
一瞬の静寂。
ぴんと張りつめた空気を緩ませたのは、累のこぼした微笑みだった。
「素晴らしい」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
では道案内をさせて頂きますわね、とロゼは言い、先頭を歩き始めた。
琳は彼女に何やら話しかけている。
そんな少女たちに気づかれないよう、禮は累を小突いた。
「おい、」
「はい?」
「なんだ、さっきのは」
「…ああ。いえ、≪楽園の酒≫の方々は頭がよいと聞いたので試してみようかと」
にっこり笑って悪びれもせず言い放つ弟に、頭を抱えて禮は嘆息した。
だからと言って、急に『詞』を変えずとも良いものを、等々言いたいことはあったが、言っても無駄だろうと結局口を閉じた。
「おー…でっかいお屋敷だねぇ」
「古城を改築した建物なんですの」
「おい琳、口開いてんぞ」
≪楽園の酒≫本部の建物を見上げ、琳は感嘆の声を上げた。
見上げる彼女の口はぽかりと開いている。
それを注意して、禮は扉を見据えた。
「さあ、どうぞ。こちらへ」
重い樫の扉を開け、ロゼは手招いた。