Blanches fleur

□雨日、午後七時。
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細かい雨粒がシードルの部屋の窓を叩く。
ふと顔を上げると、伝い落ちる滴の向こう側に最愛の人を見つけた。

「…あの馬鹿者…」

傘も差さず、いつもと変わらない足取りでぬかるんだ道を歩いているのはジン。
思わず悪態をついて、部屋を飛び出す。
右手にタオル、左手に傘を掴んで重い正面玄関の扉を力任せに開けた。


「ジン!」

彼女の足元で、水溜まりがぱしゃんと音を立てた。

「シーディ…」

驚いた顔のジンに傘を傾げ、睨み付ける。
濡れた薄布が頭に張り付いた。

「馬鹿者!風邪を引いたらどうするつもりだ!」
「…すまない」
「早く拭け!…勘違いするなよ、風邪を移されたら困るからというだけだからな」

ふいと顔を背けたシードルの耳は赤く。
照れ隠しの罵詈とタオルを有り難く受け取って、助かったと告げると彼女は微かに頷いた。

そんな様子に悪戯心を刺激され、僅かに露出した目元に口吻けを落とした。
シードルは驚いて口をぱくぱくさせているが、肝心の言葉は迷子になってしまったようだ。
ようやっと口を開いたとき、彼女の顔は真っ赤になっていた。

「そ、…そういうことは、想い合う者たちがすることだろう!」
「俺はシーディが好きだからキスしたんだが」

駄目だったか?と顔を覗き込まれては何も言えなくなる。
ジンはそんなシードルにくすりと笑みをこぼして、再び唇に音を乗せた。

「さあ、帰ろうか。お姫様が風邪を引く前に」

取った手の甲にも口吻けを落として歩き出す。
されるがままのシードルは、正面玄関についたとき初めて口を開いた。

「…嘘は大概にしろ。私以外にも言っているくせ、」



に、の音は彼の唇に奪われて、微かな吐息となった。
濡れた手で両頬を包み込まれ、二度三度と唇を重ねられる。
その口吻けはシードルの反抗心を砂糖菓子のように甘く溶かし、彼女の心を丸裸にしてしまう。

何もかも委ねてしまいたい衝動に素直に従い、そっと彼の腕にすがると、ゆっくりと唇を離された。
悪戯っぽく微笑んで、ジンはシードルに囁く。

「メインディッシュはディナーの後で頂くとしよう」




その言葉の含むところに彼女が気付くまで、あと十秒――
 

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