七重の珠

□到着
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眩い光のトンネルを潜り抜け、下り立った土地。
『狂乱の世界』なんていうからどんな所かと覚悟してみれば…



なかなか、美しいところじゃないか。



「まず、貴女にはしていただくことがあります」
「何?」

狗が私の傍で言った。
それに、まぁ極々一般的な答えを返すと、それを合図にしたように目の前に一組のピアスがぽんと音をたてて浮かび上がった。

「――…契約を、して頂きます」
「契約…って、何の?」

黒地に灰色の線で炎が描いてあるピアスを眺めながら問うた。

「私の主になって頂くと共に――この『黒ノ宮』の巫姫になって頂くためです」
「な、何か凄い名前出てきたけど…具体的には何すれば良いの?」


聞けば狗は耀の前に回り込み、そのまま『お座り』をした。
一呼吸置いて、狗がゆっくりと瞼を開く。


「私に、名を与えてください」
「名前…?」


そういえば、と、まだ名前を聞いていないことを思い出した。
……無いのだろうか。


「主から頂いた名が、私の名となります」
「良く分かんないけど……
つけりゃ良いのね?」
「適当につけたら埋めますよ」
「は、はい」


とは言ったものの。

私はネーミングセンスが死んでる。
いや、それより悪い。
牛柄の犬にうしとかつける有様だ。
このままだと確実に、目を覆いたくなるような惨劇が私を待っている。


「むー…」


闇…

黒…

――…黒といえば漆器。
漆器といえば、漆。

漆って字を使ってどうにか……



「漆夜(シヅヤ)…で、どうかな」
「漆夜、ですか…まぁ、良い名といえば、そうですね」


うわームカつくこの鼻にかけた物言い!


「では、そのピアスを私の耳に」
「い、痛くない?膿まない?平気?」
「余計な心配は良いですから」

私は震える手でピアスを一つ取り、漆夜の耳に刺した。
一瞬紅い血が浮いたが、瞬く間に周囲の毛に吸い取られてしまった。

「…これで良い、の?」

すると彼は狗とは思えぬほどの色気を含んだ流し目で薄く笑い、私に問うた。

「似合いますか?」
「う、うん、意外と似合うね痛ぁっ!!」
「うるさいです」

尻尾によって制裁を加えられた耀は涙目になりながら、自分の分のピアスを手に取った



うぅ、ピアス開けんのなんて初めてだよ。

「…膿まない?」
「大丈夫です」
「ほんとに?都市伝説の耳から白い糸が出て引っ張ったら失明とか」
「なるわけないでしょう。早くしてください」

その言葉を信じて針を耳朶に当て、一気に貫く。
ぷつりと音がして、その瞬間、刺す様な痛みが神経を伝わって脳を痺れさせた。

「…っ!」
「おや、大丈夫ですか?」

漆夜が腰を僅かに上げ、浮いた血を舐めとった。
痛みに鋭敏になっている患部がジンジンと痺れる。


「さぁ、主――行きますよ。」
「黒ノ宮…だっけ」
「物覚えのいい人は嫌いじゃないですよ」
「アリガトウゴザイマス」


棒読みで答えて一歩踏み出す。

大丈夫。

大丈夫。



…多分!
 

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