七重の珠

□出発
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『―であるからして、今回の核実験は非常に無意味であり、―』


毎日毎日同じようなニュースを繰り返すだけのテレビ。
その度に大人達は自分が一番正しいと思う説を引っ張り出し、晒し、主張している。
それをのんびりと朝食のサラダを食べている、緊張感の欠片もない少女――黒崎 耀(クロサキ アキラ)は、ばかばかしいと感じていた。

――どうせ言ってることなんて大差無いのに、と。

人間と云うのは、兎角、人に賞賛されたがるものだ。
そして大人になればなるほど、それは強くなっていく。
ある人はこれを『自己顕示欲』と名付けたそうな(非常に便利な言葉だ)。


そんな風に耀は大人になることを望んでいない、所謂ピーターパン症候群にかかっている、とでも言おうか。
大人に呆れ果て、諦め、疲れている。
そんな、普通の少女だった。


「…ってもう七時過ぎてるし!!」


一人で突っ込みを入れつつ洗面所へ向かい、歯ブラシを濡らすと、乱暴に歯磨き粉のチューブを手に取った。
耀の指圧に負けてチューブの口から情けなく出てきた歯磨き粉をブラシに乗っけて、彼女は歯を磨きだす。
三分ほど磨くと、嗽をして鞄を手にした。


「今日は英語の
テストだよね…宿題のプリント入れたよね?」


一人でぶつぶつ呟きながら確認すると、マフラーを手に蹴破るような勢いで扉を開けた。
音楽プレーヤーのイヤフォンを耳に差し込み、スタートボタンを押しつつ、愛車(ミルキーブルーの自転車だ)に鍵を突っ込んで、解除。
と、同時に腕を伸ばして家のドアの施錠。


その間に、りぃんと鈴の音が聞こえた気がした。


そんなこんなで出発すると同時に、プレーヤーからは耀の一番好きなアーティストの曲が流れ出す。


――イジメ・家庭内暴力・殺人。

この世では実に色んなことが起きているけれど、耀は毎日が好きだった。
理由を聞かれたら一発で詰まってしまうのだが…――


そんな耀の気持ちに合わせたかのような歌詞。
だからこそ、耀はこのアーティストが大好きだった。

ペダルをこぎながら口ずさむ。

今日はどんなことがあるかな。
最近インフルエンザにかかっちゃった澪ちゃんは来てるかな。
英語で良い点取れますように。
それから…


何でもいいから、『良いこと』が起きます様に。



些細で小さな少女の夢が破られるのは、放課後の
こと。
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