痛み

□内側から腐り果てるのを待ち続けながら
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そもそも、愛ってなに?

【愛】
大切に思う、温かい感情。人をしたう心。異性をしたう心。


言葉にして成す意味は?

【愛する】
かわいがる。いつくしむ。たいせつにする。異性を恋しく思う。強く好む。


ということは、臨也さんの言葉は愛ではないのだ。





「愛してるよ、正臣くん」



この言葉に恋人同士が交わすような意味はない。一欠片たりとも、想いが含まれていないから。
そう、臨也さんの言葉は嘘ばかり。


「俺はアナタが大嫌いですよ」


そんなことを言いながらも、携帯を肌身離さず持ち歩き、メールを待っている自分がいる。言葉で拒絶しても、呼ばれたらこの部屋に来てしまう。


「なんだ……今日はイジワルだね」


言葉ひとつに振り回される。
駄目になっていくの分かる。
内から腐っていくような。
甘やかで、腐乱した香りが体を取り巻いているような。
すぐにでも逃げ出したいのに、逃れられない。
それが、臨也さんの手管。


「俺がイジワルなら、臨也さんはなに?」


離れたい。忘れたい。
アナタのことなんて大嫌い。
臨也さんはシニカルに笑う。
俺の心中を読み透かしているとでも言うような、弄ばれているような。そんな、艶美な笑み。


「さぁ? 俺には検討もつかないね」


言葉に突き放されて、怖がっているのは俺の方。手繰り寄せられない距離が絡み合う感情を加速させた。
心は切ないほどに遠くても、体が近くにあればそれでいいと思った。淫売な考え方と言われても構わないんだ。腐食は脳神経まで進行しているんだから。


ほら。もう、止められない。



「性悪。……早くしましょうよ。
世間話をしにきた訳じゃないんだ……」

「うん、話が早い人間は嫌いじゃないよ」


ベットに押し倒されて、与えられたのは首に咬み傷。首輪みたいで嬉しいと思ってしまうなんて、末期症状。
それさえも、見透かしているのか臨也さんは俺に笑いかける。

「ねえ、正臣くん。殺したいくらい嫌いな人間に抱かれる気分って、どんな感じ?」

「はは、分かりきったことじゃないですか……そいつを殺したい気分ですよ」



本当は離れたい。できることなら、存在すら忘れたい。
愛しくても、好いていても、臨也さんに対する恐怖は拭えない。体だけじゃなくて、心から完膚なきまでに壊されてしまいそうでだから。
でも、どこかで俺のことを愛していてほしいと願う。俺はわがままだから。


「じゃあ、俺のこと殺したいんだ?」

「殺す? ……どうして?」


俺は笑う、死んだ風に。
臨也さんも、笑う、笑う、ケラケラと。俺は人形みたいに、臨也さんもヒトガタの笑みで。


「俺たち、こんなに愛し合ってるじゃないですか」

「ククッ……本当に面白いよ、正臣くん」


これを愛と呼べるなら世界はもっと幸せになれるんだろうね。俺たちはこんなにも、ひねくれていて、歪で、歪んで、不快で、不可解で、不安定で、それでも愛していると言えるんだから。世界は俺たちよりずっと、安定していて幸せなんだろう。
歪んでいようと歪であろうと、それでも俺は臨也さんを愛してる。
そう、狂おしいほどに。
詐欺師(ペテン師)なアナタを。


「いいよ、愛してあげる」


臨也さんに縋りつくように伸ばした腕。俺はアナタの操り人形(マリオネット)死んだように生きた玩具。

どこまでも歪んだ日常に生き長らえて、俺は待っているんだ。
甘やかな毒牙をこの胸に受けて、内側から腐り果てるのを──




end

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