痛み

□そう、神様なんていないんだ。
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戦場でしか出会うことができず、殺し合いの最中でしか愛を伝えらない。
俺が片恋をする相手は戦うために作られた戦闘機で、俺はそれを壊すために作られた戦闘機。

宿命が生んだ悲劇。
初めて会ったときから殺し合う宿命だった。
愛すべき人ではなかった。


それでも、もう一度会いたいと願ってしまう美しい彼の人。






血で血を洗う戦場。
ゼロは激戦区に多く出没するっていうのが俺の調べた結果。いや、彼と出会う場所はいつも誰かが死ぬ場所なのだ。
それから、俺は仲間が嫌がる戦場に好んで行くようになった。
もちろん、戦いたいからじゃない。彼に会いたいから。


「あっ! ゼロ、みーっけ!」


死と愛は紙一重で繋がっていると思うのは戦場に来る度にゼロを見つけるから。それは、まるで赤い糸のように不確実で夢幻的なことだが、人はそれを運命とも呼ぶ。


「また、派手に壊してるね」


ゼロは自分より一回り以上大きな俺の仲間の襟首を掴み冷酷な視線を向けた。彼の周りには骸が積み重なり、その小さな体はすでにおびただしい量の血にまみれていた。
ゼロの戦闘服を彩るのは複雑に交じり合った血液。酸化し黒々と変色した血と、掴んでいたそれの頚動脈から今まさに噴出した混じりけの無い鮮血。
こともなげに頚動脈を切り裂かれ息絶えた骸をどさりと地面に捨て、彼はやや面倒くさそうに俺を見据えた。
これで、何度目の邂逅になるだろうか。
嬉しさのあまりに声が上ずる。


「やっぱり、今日も会えたね。激戦区に来れば絶対君がいる……俺の予想通りだ」


時代遅れな刀を構えて、ゼロは微動だにしない。あの細腕のどこに俺たちのような新型を何体も壊す力があるのだろうか。
スピードとアクロバティックな飛行を可能にするために軽量化され、必要最低限なものしか残されなかった貧弱な体。俺の半分ほどしかないそれはいつ見ても頼りなさげで、繊細に美しい。赤を纏う姿は特にだ。


「……」

「ああ、ごめん。君って喋れないんだよね。ホント不便で仕方が無い……敵だけど、意思の疎通が図れないのはつまらないしさ」


ゼロが無言なのは俺が嫌いだからというわけではない。彼には声が無いからだ。
勝つために必要なしと判断され切り取られた声帯。
俺は彼の声を知らない。
俺は愛しい人の声知ることができない。
だから、いつも想像するんだ。彼はどんな声で俺の名前を呼ぶのかと。そして、それを想像する度に俺はたまらなく高揚し、この身を支配する薄汚れた欲を吐き出すのだ。
まっさらな彼を何度、醜い欲で汚したことか。彼は何も知らず俺のことを煩わしく思うだけだというのに。


「ねえ、俺たちみたいな兵器はさ。死ぬ間際の声っていうのが一番綺麗だと思わない……?」


死ぬ間際の叫び。醜いだけの戦場で俺が唯一美しいと思えるもの。
甲高く、儚い音。消えていくそれを聞いていると俺が殺したんだと実感する。
それまでは、遊びというかゲーム感覚に近い。壊して初めて、あれが生きていて、もう二度と戻らないものだと気づく。そんなことの繰り返し。


「体がバラバラに壊れて墜ちていく瞬間の甲高い叫び。嘆き、いや、あれは自由になれたことへの歓喜かもしれない……」


それは、不確かで記憶の端にしか残っていない朧げなものだけど、彼らは満足げに消えていった気がするんだ。

俺はどんな声で消えていくのだろう。
それを聞くのは誰なんだろう。
できれば、ゼロであってほしい。
だけど、彼の最後の声を聞くのは俺でありたい。
ゼロの声を聞けるのは死ぬ間際だけなんだろう。ならば、その声を聞いてから死んでも遅くはないかもしれない。

俺はいつだって、そんな矛盾を抱えている。それが死を招くものだと知っていても、敵を愛してしまったがために弱い心を捨てきれずにいる。


「あの声は命を賭して戦った者しか聞けない神聖なものだと思うんだ……だから、さ」


新型の銃をゼロに向けると、微動だにしなかった彼の構えが微かに揺らいだ。
俺は殺す意志がないという意味を込めて彼の前で銃を抜いていなかった。彼も刀を構えてはいるが攻撃をしようとはしなかった。こちらにその意志がないと気づいていたから。

どちらも死なない。ただ戦うだけの日々がどれだげ有意義で愛しいものだったか。
しかし、生ぬるい戦いをこれ以上続けるようならば本国に強制送還だ。
それでは、意味がない。今、彼のそばを離れてしまったら二度と会うことは叶わない。
戦場を離れ彼のその後を人づてに聞くくらいならば、ここで終わりにしようと思った。

この瞳に彼のすべてを焼き付けて。
この唇で彼のすべてを伝えきって。
この指で彼のすべてを感じ伝えて。
この身に彼のすべてを刻み込んで。
足りないものは、その声だけ。
知らないものも、その声だけ。


それさえあれば、俺はこの命が終わっても構わないと思うのだ。


「俺は君の声が聞きたい」


ただ、嬉しくて。愛しくて。
笑みとともにボロボロと涙が溢れた。
歪んだ視界を拭い、たった一発しか弾の入っていない銃をゼロの胸をめがけて構え直す。当たれば彼を看取って、外れたら彼の刃に散るだけのこと。怖くはなかった。

躊躇なく引いた引き金はいつもより重く感じた。
銃弾すらものともしない彼の刃は、俺ではなく青々とした空を映していた。刀を振りかぶった彼のわき腹に、零れ出たばかりの鮮血が滲んでいることを初めて知った。
あの傷では、彼は俊敏な動きができない。
銃は動作の通りあくまでも機械的に作動し、咆哮した。

ゼロの小さな胸に鮮血の花が咲く。
彼の刃が俺の体に届くことはなかった。
小さな体が崩れ落ち、壊れていく。
そのとき、初めて彼の声を聞いた。


そして、ゼロはもう戻らないのだと知った。



end

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