痛み
□甘く密やかな戯言
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「愛してる」
いつものように人をバカにする言葉じゃなくて、どこか真剣で真っ直ぐな言葉。
恋人どうしなら当たり前でほんの些細なことなのに、俺はその言葉に微かな恐怖を覚えた。
その言葉がまるで死を覚悟したように囁かれたから。
「高、杉……?」
「恋人みたいでいいだろ?」
明日は冷戦状態だった過激派と幕府側がぶつかり合う。
それは確実な情報。過激派と幕府に中枢にいる俺たちにとっては確か過ぎる事実。
「死にに行くみたいだぜ。それ」
幕府も攘夷派も負けられぬ戦いだ。
互いに全力を投じるだろう。
きっと、たくさんの人間が死ぬ。
俺も高杉も例外じゃない。
明日の夜には骸と化しているかもしれない。
「死なねぇよ。……まだ、死ねない」
「高杉……」
死ぬ可能性があると分かっていながら、それでも戦場に赴くのは戦いに死に場所を求めているから。
戦いに生きる意味を探しているから。
「当たり前だろ、そんなの……」
闇に包まれた世界を眺めながら高杉は自嘲気味に笑う。
俺はこの殺しても死ななそうな人間が消えてしまいそうだと思った。
高杉は味方じゃない敵だ。
俺も高杉もこの関係が仲間に対する裏切り行為だと知っている。危険だということも重々承知している。
それでも俺はこの関係を切るつもりはない。
高杉は俺にとって、仲間と変わらないくらいに大きな存在となったのだ。
「俺が死ぬのがそんなに、怖ぇか?」
「っ!? ち、違う!!」
高杉という男は俺の中でひどく異質な存在だった。
敵同士で相容れることはない。
+でも−でもない、0。
同じ世界に生きながら絶対に交わらず。
光と闇のように寄り添いあう。
まるで鏡のような存在。
「……怖くなんか、ない」
「例え話だろ、泣くな」
面倒臭そうな、ぶっきらぼうな言葉なのに頭をクシャリと撫でる手は優しい。
こんなにも単純で感情的な自分が嫌いだ。
例え話すら満足に聞き流せない。高杉がいなくなってダメになるのはきっと、俺の方だ。
「俺、ホントは怖い。
ホントに高杉が死にそうで、離れたら二度とあえない気がして……」
「………」
まるで、土方の言葉が聞こえていないとでも言うように、高杉は遠く外を見つめながら、煙管を手に取る。
薄い唇で煙管に口づけ紫煙を吐く姿は、女にも劣らぬ艶めかしさを放っていた。
圧倒されながらも、覚悟を決め土方は隠してきた想いを声にした。
「なぁ、高杉……俺、お前と離れたく、ないっ!!」
「ったく……ちょっとばかし、黙ってられねぇのか?」
ピシャリと吐き捨てられた言葉に土方は肩を竦め、下を向いてしまう。
高杉の顔が怖くて見れないのだ。
「土方、こっち向けよ……」
「い、や……」
「土方」
色気を含んだ低い声が耳の近くで響き、身体の中に染み渡る。
その声に気を取られているすきに、高杉は土方を強引に引っ張りそのまま噛みつくように口付けた。
「んんっ……はぁ、う…」
獣のように激しく、強引な口付けは俺を熱で犯していく。
クチュクチュと二人の間からは、水音が止め処なく、恥ずかしげもなく部屋に響いていた。
高杉は落ちていた帯で俺の動きを封じ、離れていく。
名残惜しそうに高杉の唇を追うが、二人を繋ぐ銀色の糸がぷつりと切れたのを見て諦めたように床に背をつけた。
「いやだ?離れたくない?
…調子に乗ってんじゃねぇよ」
「……っ」
乱暴に降り注ぐ暴力的で容赦なく、情を一切含まない言葉。
ねじ伏せられて、組み敷かれて、服を剥がれる。
この先にあるのは物のように扱われ、痛みを伴うだけの性行為なのだろう。
たまらなく、怖かった。
この行為がじゃなくて、言葉じゃなくて、捨てられるかもしれないという恐怖でおかしくなりそうだった。
「お前に指図される覚えははねぇ……そういう、関係だろ?」
「ごめ、なさ……」
味方じゃない。恋人じゃない。
互いの道を妨げない。意見しない。
高杉の冷たい正論。
「それに、俺を選んだのはお前だろう?
イヤになって逃げ出そうが、お前の勝手だ」
言葉が痛い。
殺し合った時もあった。
いつも会うと後ろめたかった。
けれど、いつからかそれを望む自分がいた。
勝手に依存して、望んで、堕ちたのは土方自身だ。
「だか、覚えておけ、お前は俺の所有物だ。
逃げ出しても、必ず捕まえる。
捕まえて、閉じ込めて、二度と逃げ出そうなんて考えられないようにしてやる…
お前が選んだのは、そういう人間だ。」
「たか…すぎ?」
高杉の言葉はまるで、それは形として表れた束縛のようだった。
言葉の一つ一つが土方を閉じ込める、檻。
見えない、二人しか知らない、記憶として心と身体に刻み込まれた、鎖。
「約束してやるよ、俺は死なない。」
明日さえ分からない二人がする、約束なんて戯言だ。
けれど、その言葉に掻き乱される心が愛しい。
「お前の為に生きてみせる…」
言葉と妖しい微笑み。
数センチの距離から耳をかすめる吐息。
ズクズクとした熱が急く。
早くと、身体が高杉を求めている。
「愛してる…土方…」
甘く密やかに紡がれた言葉を合図にまた、貪るように口付ける。
刻みつけるように、高杉の背中に爪を立てて、土方は呟いた。
「俺も…愛…してる…から…捨てないで…」
それは、弱々しく依存したように艶やかで、戯言のようで真実めいた、
淡い言葉。
(甘く密やかな戯言)