シナリオ
□君が側に居るのなら悲しい夢でもかまわない
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真っ白な寝間着は貴方の髪をより神秘的に見せる。真っ白な新築特有の壁は柔らかい光を反射する。真っ白なレースのカーテンはそんな柔らかな朝日を遮らず、ベッドに降り注いだ。そんな、二人の為の部屋。
「…大佐…起きてください…」
あれから三年の月日が流れた。俺たちはあの戦争から生還し今は普通の生活を送っている。俺は戦争でケガはしたものの、とくに後遺症もなく今は元気にテニスもできるようになった。
「朝ご飯…冷めちゃいますよ…?」
仁王大佐が生きていたことは奇跡どころの話じゃない。神の領域の話、人以上の力。しかし、後遺症もなく今まで通りの生活が送れる訳じゃない。大佐の足は二度と動くことはないそうだ。
「仁王大佐…」
火薬の吸いすぎとやけどのせいで声も出ない。軍からはまだ、若いが隠居という形で前線を退いた。だが、その実績と実力から作戦への助言を求められることも少なくない。それでも、大佐にとってこの場所は戦争以上の地獄だろう。
「朝ご飯は後にしますね。気にしないでください…俺が勝手に作っただけですから」
家事の全般を今は俺がこなしている。大佐の補佐が今の俺の任務だ。大佐は俺の存在を無視して、車椅子に移り窓から空を見つめる。その目にあの頃の力強さはなかった。
「大佐、貴方にとってここは地獄でしょう?死も生もない平和すぎる地獄。でも、俺は今の貴方が好きです。前よりもずっと近くに貴方がいるから」
そう大佐はとても、近くにいる。ただ、憧れをもって見つめていた俺はもういない。俺がいなければ、大佐は何もできない。俺がいなければ貴方は存在できない。あの頃と正反対になった関係に俺は優越感を覚えていた。
「大佐…好きです…大好きです…」
廃人のような大佐を抱きしめて、俺は笑う。嬉しくてたまらないんだ。純粋に大佐を愛した俺に神様がくれた贈り物。これ以上の喜びはない。
「大佐は…俺を…愛してくださいますか…?」
大佐は無言のまま、外を見つめるだけ。胸が掴まれたように苦しくなる。大佐は俺を抱きしめることも、愛の言葉を与えることもしてくれない。すべて、分かった上でこの立場を受け入れた。最初は、それでもいいと思ったんだ。そう、これは俺が望んだ幸せ。
「ねぇ、大佐…答えてくださいよ…」
幸せなのに、涙が止まらないんだ。大佐が苦しんでいることくらいわかってるから。何を求めているかだって知っている。声が無くても意志がなくても、ずっと側にいたから、それくらいわかっている。でも、この幸せを失うことが恐くて、抗うこともできなくて、どうしようもないんだ。俺は弱いから、何かに縋っていなきゃ生きていけない。
「大佐…俺、貴方の望みを知ってるんですよ…」
作り物の幸せの中で虚しい時間に犯されて、ゆっくりと俺は狂っていった。俺の中で生まれた狂気は抗うほどに重みを増し、俺を中から壊した。
「虚無の地獄は辛かったでしょう?苦しかったでしょう?抗えない手足が憎いのでしょう?」
真白い首筋に伸ばした指先は頸動脈と気管にゆっくりと圧力をあたえていく。もう何度大佐の首にこの跡を残しただろう。重なった紫の痣は首輪のようで、痛々しくも愛しかった。
「俺が貴方を生から解放してあげます…二度と覚めない夢の中に」
力の限りあたえた圧力で数秒後に大佐の意識は完全に闇の中に閉じられた。月色の髪が切なげに揺れ、大佐の首筋には二度と消えない痣が刻まれた。俺の視界を塗りつぶした月色がひどく残酷に笑った気がした。
「おやすみなさい…」
俺が望んだ幸せの結末。
君が側にいるなら悲しい夢でもかまわない。(そう、すべて夢になって消えてしまえばいい)
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