なんでこんなことに、なってるの?




アイスを買って帰ってくれば、いつもの世界の筈なのに、いつもの部屋の筈なのに、まるで眼が真っ赤になっているかのように、そう、さながら世界が全て真っ赤にしか見えないようになってしまったみたいに、埃さえ浮くのをやめてしまうほどに霞み無く途切れ無く優心無く限度無く終わり無く限界まで必然か偶然か完全に悠然とこれは見なかったことにと決然たる態度にならざる終えないぐらい隅々まで、みんなみんな真っ赤になっていた。
それなのに、そこに倒れてる女の子三人と今いないあの子も含めてボーカロイドな俺達全員が愛しい愛しい我主、マスターこと血に塗れ床に横たわり綺麗な髪をべちゃりと人間の赤いそれで汚した彼の、普段から振り撒いている蜂蜜みたいな綺麗な甘い甘い匂いがこの死気た空気をまだただようから、心からとにかくそれが気持ちが悪くて吐きそうになる。
優しくて、包み込んでくれるいつもの指先に半腰でそっと触れてみると、いくら実体とはいえ機械から実体したこの俺の指よりも冷たくて、滴る赤に似合うことが痛々しい青白いそれをしっかりと、彼を真似るように優しく手に取ってみようとした。


「…マスター」


俺の声は、しんとした濁った冷たい空気の空白にそれだけが浮くかのように、妙にはっきりと台詞は鼓膜を寒気がするくらい振動する。
その時しゃがみこんだついでにゆるゆると緩く肩を揺すってみるものの、ぴくりとさえしてくれないし、俺の声にさえ気付かない。
胸が苦しくなった。
思い出がぐるぐるぐると巡る。
優しく撫でて欲しいのに、いっぱい愛して欲しいのに、触れて触って好きだよをもっといっぱい欲しいのに、あーんしてごらんって冗談言いながら笑っていてほしいのに、輝きを見せていた琥珀色の瞳は光を失い空気を見つめ続けるそれは濁り絶望を現わにしていて、沢山の言葉を紡いで愛を全員に紡いでくれた唇は綺麗な言葉を紡ぐほどの綺麗な色に染まっていなくて、黒く変色し始めた口紅をしているみたいで、それが物語るようにもうこの人の声で俺の心は温かくなれないと見せ付けられたようで、苦しくて苦しくて哀しくて。

「ミク…リン、……メイコ」

小さい声で残りの三人の順番に呼んでから、顔を上げる。立ち上がる。三人のそばによって、頬に触れる。
それはやっぱり、氷みたいに冷たかった。
瞳にはマスターと同様にあの優しい三人の楽しそうな笑顔が蘇ることなんて無いと言われているようで、むしろこの光の失せた残酷な暗さだけを奥にしまい込んでいる瞳を見てしまったら、あんなに一緒にいた俺でさえそれを思い出すことさえままならないんだろうって思った。
と、こんな時に思い出すなんて、滑稽な話かもしれないけど、ミクが行ってきますのちゅーしてってずっと言ってたんだよね…っ。無理って言ったのに毎日のようにずっと言ってて、可哀相だったかもなんて、まあつまり最後ぐらいほっぺにちゅー、してあげようって。
行ってらっしゃいの、ちゅー。
だから、できるだけ自然になるように無理矢理の笑みを浮かべてミクの隣に座ってから、ゆっくり身を屈めて、口付け

ようとした。

ら、ミクの身体が、俺から離れた。
何かが打撲する鈍い音と一緒に、ミクは離れた場所に遠退いた。
痛々しい音を鳴らした本人を見ようと思い、振り返り上を見上げた。



血にまみれた弟が、いた。



満面で、嬉しそうに楽しそうに、赤色を蒼い綺麗な瞳から滴らせながら、今まで見たなかで一番かもしれないくらい幸せそうに笑んで、俺を見下している。
瞳を丸くしてそれをじっと見上げれば、弟はちょこんとしゃがみこんだ。

「兄ちゃん、みぃつけた」

へらりと緩く笑んだその表情からは何が起こったのかわからなくて、弟が妹を蹴ったなんてそんなこと思いたくなくて、苦しかったのかな寂しかったのかなだから俺を探してただけなんだよねと眉を垂らして首を傾げる。
でも弟は表情ひとつ変えずにその笑みのまま、ただ黙ってふわりと両手を伸ばしてこちらに来るようにと促しつつも、俺を真似るように首を傾げた。

それが何故か、怖くて
拒否しようと思った、のに。
真後ろに転がる死の軌った身体を背に
俺は、引き寄せられるように
力が抜けて、

そちらに、倒れた。

「あ、…れ?」
「兄ちゃん、なんで兄ちゃんは綺麗なお洋服着てないの?」

腕に抱かれたそのままで、聞きやすく、透き通るように響くアルトで俺に囁いてくる可愛いはずの弟のそれが悍ましくて、寒気がして、息が止まるから無理矢理妙な空気を肺いっぱいに吸った。

「レン……お洋服って、」

上で聞こえた声に顔を上げれば
笑みを絶やさぬ顔が機械的に紡ぐそれ
震えた心臓
恐れ怖れる脆い身体
鈍ったいずくずくと疼く悩ましい痛み
次がれて不意に口から漏れる赤
優しい指先に包まれた冷たい、それ
かわいらしい顔が残酷にも唇を歪ませ、また空気が喉に詰まって苦さが心臓にたまって、でもそれを見てなお、それでさえもなお、表情を変えないこの本当に愛しい筈の弟が指揮ふり紡ぐ、



「真っ赤で綺麗な…お洋服」



残酷狂騒曲
blackbackSerenade.

狂演は終わらせない。












I am on the side through all eternity.
Hereafter, I am on the side.
darling my blood-stained
elder brother...

My lovely, lovely Mr.doll.

(俺以外に触れようとした、貴方が悪い。)



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2008.7.21.

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