(ああもうすれちがってすれちがって。)






「綱吉くん、好きです」

無言で資料に目を通し続ける俺の尻に叱れているのは骸の腿。
というかこれも実際には心の底から絶大不絶頂に不本意で、日本にいる筈のこいつが、いきなりイタリアに会いに来たと思い巡らせてるところで扉を開けた俺を抱き上げて来て、自分の脚に乗せて俺の仕事机の椅子に座るから、動けないだけなのだ。
ぎゅうと強く胸に腕を回されたまま、伸びない身長をこれほど恨んだことはないと舌打ちながら思う。

「吾を待つと君が濡れけむあしひきの、君のしづくにならましものを」
「何言ってんの、お前」
「古典やりませんでした?君は中学の時に、百人一首…とか。ちなみに今のは石川郎女の歌の替え歌です」

突然吐かれたその言葉に、今何故それを言うのかときょとんと目を丸くした俺の顔を覗き込んで嬉しそうににこにこと笑う骸にあえて突っ込まないが、中学に入っていないお前に言われたくはないと思った。
と、突っ込まない為にでも無いが特に台詞が続かず沈黙を作った後じっと顔を見つめたまま馬鹿にするなよと、指を突出して骸の額を小突く。

「百人一首ぐらいはやった…結構覚えてるよ、あれ楽しかったから」
「じゃあ現代文に直せます?」

資料から目を外して動かしていた手を止めた俺を良く思ったのか手に握っていたペンを取られて一瞬怯む。
そんな俺を無視して身体を屈めてちょうど耳にぴったりくっついた場所で喋ってくる骸に、否それを気にしてしまう俺に少なからず苛つきを感じた。
ちなみに古典物語、随筆や百人一首は先程言ったとおり好きで結構覚えたりしているのだが、全て完全なわけは無いため結構苦戦すると思われる。
でもここで断ったら負けた気がして、今考えたら何に負けるのかわけわからないけど望むところだと、つい、返事を返した。

「大嫌いな勉強の話題なのにいやにやる気じゃないですか」
「そんなの、遊びだよ」
「では今から言う古文…ハンデで百人一首にしてあげましょう。現代文にしてくださいね」

それくらいならできるかもしれない。
妙な期待に煽られながら少し振り向いて小さく頷けば骸はまた嬉しそうににっこり笑ってから立ち上がり、ひょいと俺を抱き上げて広い部屋のその机寄りの長ソファに向かい合わせに座った。
ソファに靴を脱いで座って、骸の広げた脚の間に、俺が座るような格好。

「それでは始めます」

楽しそうな声音、
恥ずかしいと心底思いながら視線を反らしていたも、気にもしない様子で口を開き言葉を紡いだ骸の視線を横顔に感じながら言葉を聞いた。

「しのぶれど色に出でにけりわが恋は、物や思ひと人の問ふまで」
「心の中に隠してるけど、顔色に出ちゃったかな、俺の恋は。物思いをしてるのかと人に言われるくらいに」

できるだけ即答したくて、とにかく骸の顔をじっとみて言えばくすくすと喉で声を止めて笑って俺の首に腕をまわしてきた。
可愛い、と耳元で囁かれた声につい何を言っているかとはあ?と返すもすりすりと頬擦りしてくる骸があまりに幸せそうで何も言えなくなる。
こいつこんなに可愛い顔を、と心の中でどうしようも無く苦笑いをつい漏らしてしまっても、その表情にもどこか楽しそうに嬉しそうに首を傾げる。

「筑波嶺のみねより落つるみなの川、恋ぞつもりて淵となりぬる」
「、え?」
「筑波山から流れ落ちるみなの川がわずかな流れから深い淵になるみたいに、今はこんなに深い恋心になってしまいました」
「むくろ…?」
「あはれともいふべき人は思ほえで、身のいたづらになりぬべきかな」
「むくろ、あの」
「僕がこのまま死んでも悲しんでくれそうな人がいるとは思わないので、」

ぴたりと止まった。
俺への挑戦じゃ無かったのかと聞こうとしたところで聞けるような雰囲気じゃなくてつい戸惑う。
すると骸はまた俺を自分の方に倒すかのように抱き寄せてから、耳を輪郭にそってれろりと舐めた。ついびくりと身体を強張らせるもそれを気にしない様子で耳の中に熱い舌を入れられて背筋に寒気を走らせた俺が骸にしがみついてから小さく、呟く。
今度は確実に、絶対、俺に向けた台詞だとしか思えないその、声音で。



「僕はあなたが恋しくて、虚しく死んでしまいそうです」



腕が離されて、少し離れた身体に視線がばちりと合う。何と言葉を紡げば良いかなんて俺にはわからなくて、この空気がどこか苦しくて悲しくて。
そんな俺を見てか骸は視線を外さないまま先程の首を傾げたような形で俺の手を取って甲に口付けた。
なにをっ、と真っ赤になった顔を隠す為も兼ねて声を上げるもその手を掌に返して自分の頬に当てれば長い睫毛と一緒に視線をやっと伏せる。

「僕を待っていたそうですね」

と、恥ずかしさからか逃れられたと喜んだところでお前は許してなんてくれなかったようで、急にその姿勢から身体を起こせばゆるゆると俺を後ろに押し倒しきた。
なんでお前が知ってんの、と問うような顔で目を見開いた俺に満足そうに笑った後、また弧を描いた唇を開く。

「アルコバレーノに聞きました」
「あ、のやろ…っ」

かああっと登った血よりもそれを骸に知られていたのが恥ずかしくて顔をつい真っ赤にして唇を噛んでしまった。

「ちなみに、僕に会いたくて泣いたとか」

もう顔を隠しようもなくて、耳まで自分でもわかるくらい熱くなっていて、どうしようどうしようと視線をうろつかせて、困っている俺はきっと間抜けだろうなとか思って。
つまり実際にはそんなことしか考えられないくらい、焦ってた。
本当は彼が扉を開けてそこにいた時、心の中であり得ないくらい狂喜乱舞していた。嬉しくて嬉しくて会えたことに泣き出しそうで、こんなに嬉しいとか幸せだとか、ましてや必死に我慢して某小説じゃないが慣れることに慣れてしまって泣くことなんてやめた筈なのに、こんな風に泣きそうだなんて、いつぶりかと思った。
でもバレたくなくて。恥ずかしくて。
我慢するくせがつい出て。
なのに、リボーンに先に聞いてたってことは俺がなんであんな態度取ったのかとか全部わかってたってことであり、そういうことは俺はこんな風に頑張ってたのは全部空回りになっていて。
でも、それはもしかしたら知らないかもしれない。今当てずっぽうとかいい加減な勘とか、たとえばいろいろ過去を覗いたとか、今知っただけかもしれない。

「僕がここに来てから言ったはじめの歌、綱吉君覚えてますか?」

なんて、俺が恥かしい恥かしいと頭の中で騒いでいたのに、どうも楽そうに微笑んでいる骸。
なんでそんな楽に普通にしていれるのかともう慌てることを隠すことさえ忘れて巡らせる為、動きはついどぎまぎ。
多分、という意味でうんと頷いたけれどちゃんとそう頷けていれたかも怪しい物で、でも骸はそうですかと小さく呟いたから妙に安心した。
倒れている為、上から骸にじっと見つめられていて、なんだかやっぱり恥かしい。隠す必要がいくら無いとはいえここまで意識してしまって、目が合う度に心臓がばくばく鳴ってたりこんなにそばで顔を合わせていること事態が嘘みたいで夢か、なんてきっと目を白黒させて焦ってるのもバレてると考えるともっともっと脈が速くなって潤んでくる瞳にまた焦る。

「じゃあ心の中で良いので現代文に訳してください」
「え…、?」
「それが全部。ここまで僕が、こんな風に日本からイタリアまでわざわざやってきた、僕の全てです」



百人一首に入っていない歌のような気がして、頭の中で必死に思い出してみる。確か石川郎女の歌だったか。
「吾を待つと君が濡れけむあしひきの、山のしづくにならましものを」
替え歌で山を君にしてあってつまり。



解読して、つい目を見開いた俺ににこりとまた微笑んだ骸にもっと有り得ないくらいに、多分、赤くなってしまった。
今冗談でも本気だとしても林檎みいだと言われたら否定できない程に、本当何度も言うが有り得ないくらいに恥ずかしくてでも視線を反らすことなんかできないから、隠すことさえできなくて。
なのに恥かしがることを忘れてしまうくらいにそれが嬉しくて、涙目になって、否、大袈裟に大泣きしながら。

「こんなに、恥かしい、告白、はじめてだよ、ばか…っ」




It was painful that
I was not able to meet you.
I wanted to meet you.
I cried "I want to meet him. "

Because I love you.

(僕を待つ為にあなたが濡れたという、君のなみだに、僕がなれればよかった)






終わり。

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