飛び出した白兎を助けて飛び出して貴方が死んでからふつか。

うさぎさんうさぎさん逃げないで
甘い香りに流れ付いて
あなたをやっと見つけられたのに。









マリラアカリル。
(優月は笑って呟いた)









何語だったかな。
思いを巡らすも回路は上手く作動もしてくれず、優しい光が頬を撫でてまるで月のように輝くのは暗闇に浮かぶ太陽だった。
マリラアカリル。
まるで不思議の国のアリスみたい。家の扉を開ければそこにはうさぎが後ろ向きで花を摘んでいた。世界が反転したみたいに全てがひっくり返った此の世界にあなたをやっと見つけられたのに。



「綱吉君……」

小さく呟いた声にさえ貴方は反応を示してこちらを振り返った。揺れる瞳が痛々しく歪んだ。
不意に透明の血液の膜を張って潤んだそれをもっと見たくて重い足を動かし近寄れば、貴方は緩く震えてまるで怯えるかのように身体を強張らせる。

「会いたかったんです」

肩を掴んで呟くも、貴方は眉を垂らして困ったように僕を見つめた。
まるで、知らないことを問い掛けられた子供のように。まるで、何もわからない猫に問い掛けた時のように。

未だに震える掌に指を伸ばして絡ませれば少し安心した表情を漏らす貴方に思わず小さく笑い返してしまう。貴方はまた少し寂しそうに瞳を揺らしてから絡めた指を少し強く握り締めた。



「貴方は早く帰らなくちゃ」

握り締めたまままるでワルツを踊るかのようにくるりと反転して僕を着た道に振返えさせた。
え?と聞き返す前に手を握ったままそのままぴょこぴょことうさみみなのにリスのように飛びながら腕を引いた。

「ちょ、待ってください綱吉君、…僕は貴方に会いたくて…!!」



瞬間、手を握る力をきゅうと強くしてこちらに振り返った。走っていた足を少しずつ遅くしていずれか止まればそのまま口を開いて。
心臓が格好が悪い程早鐘を打ち跳ねて、脈が気持ち悪いくらいに悲鳴を上げて身体を軋ませた。

「骸」

愛しい貴方は潤ませていた瞳をより潤ませ、無理やりな笑顔を造り見せれば、ただ僕の肩を軽く押した。



「俺は優月だよ、マリラアカリル」



穴に足がずるりと一本落ちれば制止なんてできなくて、足が縺れて、真っ逆様に身体が回転して落ちて行く感覚に身体に寒気を覚えた。
手が離されて温度が急激に下がった。頬に濡れたのは貴方の涙が風に舞った。
貴方の声が感触が、体温が。痛い程に残っていて。涙が。漏れてしまいそうに。
人間というのは落下した場合本能的に記憶を失うそうなのに失うことなんて無くただひゅんひゅんと耳鳴りを感じながら暗闇に消えた貴方を見つめ続けた。



「つな、よしくん…綱吉君、綱吉君、綱吉君綱吉君綱吉く…ん、っ!!」

風圧に押さえ込まれる喉に少し渇いた唇を気にもせず一心不乱に名前を叫んでも、それは虚しく空に喰われる。
止めど無く流れる涙は押し上げられて上に流れた。
ああこの涙は。此の声は。貴方に届いてはくれない。貴方に僕を思い出させる調べをもう僕は知らない。

「つなよ、しく…っ、つなよしくん…!!」



気を失いそうになり必死にもがいてぎゅうと瞑った瞳を開けば。
目の前は真っ白で何も見えない全てが真っ白に染められて、見開いた瞳にはじめて映ったのは千種の顔だった。

「千種…?」
「…骸様…よかったです」

珍しく安心したのか緩く微笑んだ千種の瞳につい戸惑いの表情を見せれば、白兎を抱いた犬が顔を覗かせた。

「轢かれそうだった兎を、助けようとしたんですよ…まるで沢田綱吉の後を追ってしまうかのように」
「千種、厭味は言うなびょん…」

宥め役がいつもと逆だった。
逆。アリス。うさぎ。つなよしくん。
何かを二人が絶え間なく喋っていたが何を言っているかはわからなかった。右から左に流れてしまう言葉の中でただまわっているのはマリラアカリル。

二人が帰ってから医者の目を盗んで立て直された黒曜中に忍び込めば図書室で本を探した。不思議の国のアリス、アリスが読んでいた本。
ひとりの少年が姫のために魔王を倒すみたいな在り来たりなストーリー。主人公の名前はマリラアカリル。適度に幸せで適度に残酷な在り来たりなストーリー。そんな物語の小説だった。

そして最後に優月が涙を堪え別れを告げるマリラアカリルに呟いた言葉。







「ねえマリラアカリル、」
(もし貴方を失ったとしても)(もし)(世界に拒まれたとしても)(俺は貴方だけを)



(愛してるよ)






















忘れないで忘れないで
僕は貴方を愛し続けるから

何があっても。
僕をただ忘れないで。
愛してくれだなんて願わない夢で見てだなんて願わないそばにいてくれなんて願わないだから。



(僕を忘れないで、僕の優月)



end
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