それは
四つ先に死にたがりが微笑んで
まるで初恋みたいに

(きみのことが、むくつな、死)























『もし守護者全員が崖から落ちそうだとする、そしたらあいつはお前を助ける』
『そんなこと…』
『あるんだ。あるから言ってんだよ…だから、なあ、骸』



空を向き真っ赤な花びらを八方に散らせて彼岸花は咲いていた。季節外れでまったく季節外れなそれだが三月の花びらはとにかく赤く、まるで血を連想させる。
貴方に会いに行く為に通る此の道には異様なほどの花がそこらじゅうに咲いていて、和むというか、それより前に咳き込むというか、普段から花の花粉や匂いに弱い人間はすぐさまダウンしそうだ(まあそれは僕もそうですが)。

『もう特別は』

でもそんなの貴方に会う為にはどうでもいいことでそうどうでもすまされることでそれだけの為に君に会わないだなんて馬鹿なことは思わない。あの11歳の威張りに命じられた任務終わりで重い足取りを運んで重苦しい空気の警備員の侍る家の中を通り抜ければ、貴方の部屋の扉を開けた。

『特別は、駄目だ』






「資料です、10代目」
「、骸…?」

ぽかんと口を開けてから驚いたのか目をぱちくりとさせてから言葉を発せば、次の瞬間は既にいつもなら笑顔で出迎えてくれる筈の君の広い事務的な部屋に入る。
部屋の一番奥に君の座る机がありそちらを見ながら近付いたがその表情はただ無言のまま複雑そうで、どこか悲しそうだった。

「あのさ骸、…綱吉で、」
「10代目、こちらの資料に目をお通し下さい」

初めに告げられた僕が使わなかった決定されたありきたりな台詞。僕らしくないと思いながらもそんな言葉を吐く僕は、自分でも滑稽だとわかっているしまわりから見たらもっと滑稽だと気付いている。

それでももう、そろそろ。
そろそろなんです綱吉くん。

彼に言われたからじゃない、気付いてたんですそんなこと。今ここで特別になっちゃいけないことぐらい。そんなことしてしまったら今が成立しないことぐらい。



「では10代目、僕は」
「待っ、てよ骸っ…!!」



踵を返し部屋を出ようと歩き出せば、貴方の声が耳から脳につんとした薬の匂いのように後からじわじわと犯してきた。
振り返って貴方を見ればその表情はもう瞳が濡れていて、理由をわかっていながらも、いながらも僕は首を傾げたりして、
何故かわからないだろうけど否、わかっているから小刻みに震えているのか。貴方の思っている言葉は多分間違っていない。
口を開いた貴方から漏れる言葉はやけに鮮明で、やはり緩く震えた。



「もう、終わりなの?」
「何のことでしょう、10代目」



振り出しに戻ればいいんです。
ふたりで見たことさえ、繋がったことさえ、感じたことさえも全部、無くなってしまえばいいんだ。しらばっくれるのだって楽じゃないだって僕は何より貴方が大事で何より貴方が好きで。

「ねえ骸…」
『なあ骸…』

声が重なるようで、きもちわるい。
背筋に悪寒が走って
まるではじめての感覚が、

「俺のことが、嫌いなの?」
『忘れちゃえよ、全部』



世界が盛大に歪んで
馬鹿にするように笑った。

「大嫌いですよ、君なんか」
『嘘を吐け、綱吉の為に』

視界が揺れて滲んでなんて馬鹿らしい阿呆らしい。好きだとか嫌いだとか関係無いと思っていたのに。
そう思っていたのに
この一言を言うだけの為に
なんで僕が、



「じゃあ、なん、で泣くんだよ…!!」

もうお互いぼろぼろとだねと、今笑えたらどんなに楽だったでしょう。
貴方が好きだからと、唯言えたらどんなに幸せだったでしょう。
そんなのは戯言で、
なによりもふざけた不純で、

「貴方が嫌いだからと言ってるじゃ、ないで、すか…っ!!」



積み上げたものは崩れ落ちる音がした。
抱いていたものがずり落ちる音がした。
持っていたものを跳ね落とす音がした。
拾った筈のものへまた落とす音がした。
信じていたものに裏切り切られる。
儚い恋にはお涙が必要で、
愛故のその残酷さに世界を破壊される。

夢だと信じたかった現実は現実で
現実だと信じたかった夢は夢で
夢だと思いたくなかった現実は夢で
現実だと思いたくなかった夢は現実で

夢と現実は辻褄合せに合わさって
現実と夢は大事な所ですれ違った。



「嘘つき」
「嘘なんて吐いてません」
「じゃあ泣くなよ」
「嘘なんて吐いてません」
「嘘つき!!」
「うるさい!!」貴方のその言葉に否定する台詞なんてない。言い訳しかできない。「う…五月蠅いんですよ貴方は…貴方に何がわかるんですか、貴方に何ができるんですか、僕の存在に生まれてからいつ気付いたって言うんですか…貴方を愛して愛してどうしとも止まないこの気持ちを知っているんですか、っ何故、何故こんなに僕でもわからない涙が止まらないか、僕にわからないものが。貴方には…!!貴方には、」

わかるというんですか。

恋するとか愛するとかまるで、
花になり散ってしまった花弁のよう
触れればすぐ散って
触ればすぐ壊れて

「わかるよ…俺は骸が大好きだもん」

手放さないで。
散ってしまっても何度も掬って、
水に浮かべて死ぬまで愛して、
もうきらいだなんていわないから。
どうかあいして。
僕は貴方がどうしても、すき。



「すきなんだよ…骸、」
「…、…馬鹿です」
「リボーンに言われたんでしょ」
「特別は駄目と僕も前から思ってました」
「俺は骸と一緒なら死ぬよ」
「馬鹿言わないで下さい」
「死ねるよ俺は」

鮮明に響く貴方の声は残酷で、
まるで世界を拒むかのように鳴った

「だから、死んでしまおう」

昔聞いた台詞だ。
さあどこで、ああ愛しい我が君に出会ってから何度も聞いたでしょう、死んでしまおうか、と。それは僕が流してしまっていただけで本当に貴方は愛しい人だ、あれが本気だったなんて全く世界一の滑稽な嗜好、荒唐無稽。
なんて世界は美しいのでしょう。誰かの言葉じゃありませんが、まるで生きる権利は世界に有り人間にある訳ではないと、言われているように貴方の為に世界があるだけで他の人間なんていなくなってしまえばいいと。たったふたりでいいの。それがシアワセそれが幸福。



「出会わなければよかった」

放つつもりは無かったけど、知らないうちにぽつりと呟いていた。貴方を拒む訳でも無くて自分を否定するわけでもなくて、何故かそう思った。
そう思わなければいけない気がした。
思わないと此の状況を許してしまいそうでどうしようもないから。なのに、許してしまいたい自分があまりに、あまりにだったから。

「いや、出会ったとしても特別になんかならなければよかった」
「無理だよ」
「じゃあやはり、出会わなければよかったんですね」
「はじめっから間違いなんだよ。俺たちが出会ったのは運命、だから、」

にこりと微笑んだ貴方にもう悲しみの色は何もない。ただ未来を見ようとしないだけでこちらを見つめて泣きたくなるくらいに虚ろで綺麗な(純粋なんかじゃないくせに)そんな純な美しさで。

「うまれてきたのがまちがい」
「それもそうです」



楽しそうに一度顔を見合わせつい吹いてから、抱き締めて抱き留めて純白のシーツのカーテンの掛かったベットで、

──眠りについた。






















まるで初恋のように、
舞う花びらについ手を差し延べて、
出会ったのが間違いだなんて
(世界が間違えて僕たちを選んだだけ)
間違えたのは世界で、
だから、

死にたがりが四つ先に微笑む仰い扇い。
夏に入る七月の死にたがりがただ、



三月に恋をしただけ。









終わり。

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