「リコーダー、好きなんですか?」
「え…いやこれは、違う」

苦笑いをして頭を掻く貴方はなんとも言えない顔でこちらを向いた。どういうことですか、と首を傾げれば困った顔のままに口を開く。
もう一度口を付けてぴぃと鳴った音が耳に通り抜けるように過ごしていって、曲にはなっていないものの綺麗な音だと思った。のに貴方は苦笑いのままで

「下手くそだから、練習です」

なるほど、と隣りに腰をおろせばわたわたと手を前で振って駄目ですよと声を張り上げてずりずりと位置をずらす。
それが面白くてくふ、と笑いそばにまた寄ればまた逃げて、寄れば逃げてで最後逃げられなくなれば僕をじーっと睨んでから諦めたかのように動くのをやめてリコーダーをまた吹く準備をした。

「耳おかしくなっちゃいますよ」

呆れたみたいに自虐的に、唇を尖らせてまったく君は可愛いじゃないですか 。

「ヘタクソですからね」
「、…ハッキリ言うなって…」

そのわりにはそうやって言われるとまたぷぅと膨れて唇を尖らせたままでこちらを向く。
お互いにくすくすと笑ってから交換しながらリコーダーを吹いた。綱吉君が嬉しそうに上手ですと騒ぐのを横目に間接キスですねと言えば顔を真っ赤にしてリコーダーを持ったまま固まっていた。

「これ、皆に笑われるんです」

ヘタクソだからと。こんな綺麗な音色なのに、曲が吹けないからと笑われてしまうなんて。綱吉君は音痴なんですかと聞いたら関係ないですよ!!と怒られたものも否定はしないようだったので歌を歌ってくださいと頼んだ。
これも本当ヘタクソだよ?
と唇をまた尖らせて上目で頑固として瞳は歌いたくないと言っているのに僕のために歌おうと思ってくれたらしい。僕は笑って、多分心底嬉しそうにいいですよと言った。

やはり、お世辞にも上手いとは言えなかったけれど。

構って欲しいのか
構ってくれているのか
どちらでもいい
どちらでも別にいい

貴方といれれば
どんなヘタクソな歌でさえ
幸せに聞いていられる
貴方の歌ならば
どんなヘタクソな歌でさえ
貴方らしいと言える

それは本当に、
貴方のことが好きだから。
好きで好き以外のなんでもないから
愛してるとは、
貴方が嫌がるから言いません。
だから、隣りにいるだけでいいんです

一緒に、笑っていてほしい。





















と、ここで終わらないのが現実の悲劇喜劇最悪最低の悲惨劇。
僕たちが幸せで普通で輝かしい世界を奏でる舞台に立てる筈なかったのに。

わかっていた筈なのに

たった1ミリの期待さえ壊されるだけでこんなにも世界がゆらりと大袈裟に歪む。たったひとつのものが変わっただけでこんなにも世界がぐにゃりと曲がる。

頭が、イタイ。
ココロが、痛い。

貴方は、血に塗れ世界から消えた。

リコーダーを手に持って鞄を背負った小さな体躯が、悪趣味な子供が書いた真っ赤な絵の具を撒き散らして真っ黒なクレヨンでぐちゃぐちゃに書いたようなグロテスクな絵みたいにけがされていて。
目に焼き付いて離れない。
離したくても無理。

それを見た瞬間に、
笑い声が止まらなかったから。



「彼を殺したのは、誰ですか?」



キン、と空気が張り詰めて
小さな世界の
殺戮が始まった。




















眠気が少し離れて、それでも纏わりつく睡魔に鬱陶しいなと目を擦れば目の前の惨事が懸命になにより賢明に見える。

目を覚ました時、僕が見たのはたくさんの死体と血の海でした。

彼がいないならば世界なんか関係ないと、片っ端から切り捨て切り付け切り斬り捨てて、ついにはこんな醜くも濁った海まで作ってしまった。その中には、知り合いだっている。それでもなにも思わなかった。

そんなことより世界が
彼がいなくなったにも関わらず
こんなにも

平然と廻り続けていることが
まったく、信じられなかった。

何日かすれば皆が
彼のことを忘れてしまうだなんて
有り得ない
あってはいけない。
知らない人間が
彼が死んだのを気にせず生きてるのも
有り得ない
あったらいけない。

生暖かい空気が血のにおいを纏ってぐるりと周囲を撫でてまわる。気持ちが悪いと小さく呟いても、わかっていたことだが、誰も返事はしなかった。
まわりを巻き込んでるんじゃない。
貴方達は生まれた時から綱吉君に生かされていたってことを教えているだけ。



と、その時
部屋の隅に何も言わず持ち主を失ったリコーダーが転がっていた。



つい手に取って見てから、息を入れてみれば濁った空気と侵入した血液によって掠れて濁った酷い音色が流れる。

それでも
それを無視できる程に
その笛の記憶は明るく鮮明で明確で

そのわりに
それを感じ過ぎる程に
不確かで曖昧で悲しく虚ろだった。

彼と奏でたあの歌を
今なら吹ける気がすると
ひゅるりと通り過ぎる風と共に
リコーダーを吹けば
痛い頭がイタイ心臓がイタイきっと怪我をしているんだと錯覚するぐらい全身が軋むように揺れて扇いで歪んで笑った。

零れ落ちるのは透明な雫。
それは零の印。
もう無くなってしまったセカイの印。

薄明に歪んだ世界が構成されて、見たくない現実が更生されて、甘いにおいが辺りを潤して生温い血を引き立てた。
もうあのキャラメルには
会えないのです
それだけで世界は知らないうちに
閉転していたんです。

冷たい身体に付いてくる空気はやはり暖かくて気持ちが悪い。人間の存在さえ気持ちが悪い。貴方のいない世界が気持ちが悪い。その花もその人もその家も全て気持ちが悪い。自分さえもが気持ちが悪い。
この世界で必要だった人間なんてただ一人だったんだからそんなの当たり前なのかもしれませんが。

そう、必要の無い人間は切り捨てればいいんですよ。なにもなくなった世界を見てやっと気付いたんですよ。
最後に残った、一番要らないもの








貴方のいない世界に
もう僕は必要無い。





















貴方がいなくなったから、花も枯れて草も枯れて家も壊れて世界が崩れ

(本当は何も起こらない筈だった)
(いつか戻る筈だった)
(でも貴方は絶対戻らないから)

そして、僕のセカイは消えた。
その世界は僕の総てでしたから。
もう、終わってしまった。
それでも、何度世界が終わっても、もう終わるまで廻らなくても、握ったこの笛は一生離しません。


貴方とのキオク。
ヘタクソだと笑ったあの歌は




















ハルカカナタノウタ








endend
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終わりの終わり。
ひとが死ぬのって、小さい頃自分ではこんなに大きなことだった筈なのにまわりは平然と生きていて、それが不思議で悲しかったり苦しかったりするものだったり。

それをまわりの人間まで巻き込むのはどうかと思うけど、巻き込むのが骸様かなあと。もし巻き込む気がなくても綱吉がもしこの世にいなかったら世界なんてぶち壊してそうな人ですし。

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