黒猫

□第8話
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船は海上へ浮上し、島へと舵を進める。
後10分もしないで着くであろう島を見て、ペンギンは船長室へと足を向けた。

ノックをし、もうすぐ島ですとだけ告げると、あァといつもより少しトーンの低い声が返ってくる。
ペンギンは船長の不機嫌さを感じ取ると何も言わず、下船の準備をするためにその場を去った。

ローは本を閉じると、この間から食事も摂らなければ恐らく睡眠もとっていないであろうルナを見やる。
この前から一切動いていないのではないかと思わせるほど、同じ格好のままほとんど動かず、膝を抱えたまま座っていた。


「ルナ、俺は島に降りる。…大人しく待ってろ。」


理解できるかどうかはわからないが、一応ここを離れる事を伝える。
案の定反応がないルナに後ろ髪を引かれながらも、ローはその場を離れた。


『…』


それから暫くして、ルナは船から人の気配が少なくなったのを感じると、すっと立ち上がり窓へ向かう。
外の景色は、雲1つない空から降り注ぐ太陽の光を反射した海が、宝石のようにきらきらと輝いていて、その上に乗っかるように、色鮮やかな町並みが広がる島が浮いていた。

ルナは何かを決心すると、尻尾の2本生えた大きな猫の姿になり、窓を突き破った。
見張りがいるのが見えたので、見つからないよう黒猫の姿になると、さっと音もたてずに島へ降り立った。
硝子の割れる音に見張りは急いで顔を向けるが、そこには硝子片のみが残っていた。

島に降り立ったルナはなるべく船から離れようと必死に走る。
大分小さくなった船に視線を向けると、足取りを緩め、すぐ近くにあった路地裏へ入り込んだ。
呼吸を落ち着かせ、ふと目を閉じると、思い浮かぶのは頭を撫で口に弧を浮かべるローの顔ばかりだった。
無理矢理連れ去られたものの、初めてあんなに優しくしてくれる人間に会って、初めてあんなに穏やかな気持ちになって、人間にはあんな一面もあるのかと思う反面、それは自分が人間の姿だったからだと劣等感に陥る。


━━自分が人間だったら


何度そう思ったことか。
もし人間だったらこんなに心も身体もボロボロにならずに済んだのに。
きっと毎日優しくされて、毎日穏やかに過ごせたのに。
悔しさと惨めさに唇を噛み締め、この数週間の気持ちを心に仕舞う。
ローから離れることは、人間への恐怖心などからではない。
温かさに浸っていたいと言う気持ちよりも、これ以上傷付きたくないと言う、ルナの無意識の防衛本能が勝ったからだった。

ふるふると横に首を振ってローの顔をかき消し、人間の姿になろうとした時だった。


『!!』


何人かの人間がルナを睨んでいた。
慌てて反対側に逃げようとするが、そちらからも人間がやって来て、完全に逃げ道を塞がれた。
上へ逃げようとするが壁は高くそびえ立っていてそれは叶いそうにない。
ついに身の危険を感じ大きな猫の姿になろうとした時には遅く、ルナは後にいた人間に何かで思いっきり頭を殴られた。
床に横たわりぼやける視界の中、生暖かさと目の前に広がる赤を最後に、意識を手放した。







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