黒猫

□第7話
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カーテンの隙間から朝陽が差し込み黒猫の顔を照らすと、ピクッとしそのまま目を開けた。
視線を横に移すと、ローはまだ眠っているようだ。

黒猫は昨日の事を思い出し、不思議な感覚に捉われる。
あれだけ嫌っていた人間の前で、不覚にも眠ってしまった。
今考えると恐ろしいが、何故か嫌な感じはしなかった。
寧ろ、ローの意外な行動と、手の温かさに、少しの安心感さえ感じてしまった。

・・・いや、人間は信用できない。
人間は自分達の敵であり、母の仇。
憎むべき相手。
そしてきっとこの人間も、自分の本当の姿をみたら・・・
そこまで考え、何故か胸が苦しくなったが、気にせず身体を起こす。
久しぶりに随分寝たなと身体のダルさを感じていると、手を縛っていたロープが無い事に気が付く。
逃げられても良いのか、益々この人間は訳が解らないと言う様にローを見る。
ふと窓に目をやり近付いて脱走を図れないか考えるが、覗いた窓の外には何故か魚が泳いでいた。


『(サカナ・・・ココ・・・ウミ・・・か?)』


真っ青な景色に自分の記憶を思い起こすと、思い浮かぶのは海だけだった。
ここからは出れないかと窓から離れ、ドアに近付くが鍵が掛かっており出る事が出来ない。
黒猫がドアの前に座り込みじっとドアを眺めていると、後ろから何かが動く気配がしそちらに目をやる。
するとローが目を開け、黒猫の様子を見ていた。
捕まえに来るかと思ったが、逃げようとしているにも関わらず何も言って来ないローが、黒猫は不思議で仕方なかった。


『(コイツ・・・ホカのニンゲンと、チガう・・・)』


もしかしたら、人間の中にも、良い人間がいるのかもしれない。
この人間は、もしかしたら良い人間なのかもしれない。
ローの今までの行動は、黒猫にそう感じさせるのには十分だった。

そんな期待、持つのはおかしい筈なのに・・・
憎いはずなのに・・・


━━この温かさに、浸っていたい。


そう感じてしまう黒猫が居た。
自分が今人間の姿だから、優しくされているだけなのであったとしても、嬉しかったのだ。
本人は気付いていないが、黒猫は少しずつ、ローに心を開きつつあった。

そして黒猫は、ローが起きるといつも「よぉ」と自分に言っていたのを思い出し、ふと口を開く。


『・・・・・ヨォ・・・』


それを聞いたローは目を見開き驚いていたが、直ぐに口に弧を浮かべた。


「なんだお前、挨拶覚えたのか?だがお前は女だからなァ・・・」


ローは顎鬚を触りながら少し考え込むと、黒猫に手招きをした。
黒猫は少しづつだがローに近寄り、座り込んだ。


━━この人間ともっと話をしてみたい。
この人間の言っている事を理解したい。

そんな事を思いながら。


「おはよう」


ローの言葉に黒猫は首を傾げると、ローはッフと笑い、黒猫にもわかりそうな簡単な言葉でもう一度繰り返した。


「よぉ、は、違う。おはよう、だ。おはよう」


『ヨォ、チガウか・・・?』


「それは俺だけだ」


ローの言葉に黒猫は頭を抱えたが、直ぐに教わった通りに挨拶をしてみる。


『オハヨウ・・・?』


「そうだ、よくできたな」


ローは嬉しそうに笑い黒猫が驚かないように下から手を差し出すと頭を撫でた。
黒猫はその気持ちよさに目を細めた。
じゃぁ次はとローが口を開いたため、黒猫は視線を向ける。


「名前」


『ナマエ・・・?』


黒猫は首を傾げると、ローは自分を指差しながら続けた。


「名前、ロー。だ」


『ナマエ・・・ロー』


ローは急かすでもなく、じっと黒猫の様子を見ている。
黒猫は眉間にしわを寄せたが、目の前の人物がローと言うのを知っていたし、その人物が自分の事を指差しながらローと言っていたため、ローと言うのが"名前"と言う物なのだと言う事をすぐに理解した。

そしてローを指差しながら


『ナマエ・・・トラファルガー・ローか?』


と首を傾げた。
ローは覚えが早い黒猫に驚きながらも、あァと言ってまた頭を撫でた。


「お前頭がいいなァ。ローって言え。ローだ。」


『ナマエ・・・トラファルガー・ローだ』


「間違いでもないが、ロー、だ」


『・・・ロー』


「よし」


ローがあまりに嬉しそうに笑いながら頭を撫でるものだから、黒猫も嬉しくなり、僅かだが微笑んだ。


『(アッタカい・・・)』


人間を憎みながらも、元は人懐っこいとされる黒猫の中の本能が、蘇りつつあるのかもしれない。
二人はそんなこと、知る由もないのだが。


「・・・お前、そんな顔もできんだなァ」


ローは更に黒猫の頭を撫でてやる。
そして今度は黒猫を指差しながら名前、と言った。


『ナマエ・・・』


黒猫は眉間にしわを寄せ考えているようだった。
自分がローのように呼ばれていたことがあったか思い出すが、そんな記憶はない。
いくつか、何度も人間に言われていた事を思い出し、口にする。
勿論、意味は解っていない。


『・・・ツカイ、マ・・・バケモノ・・・』


必死に思い出しながらいくつか挙げていく黒猫に、ローは眉間にしわを寄せもういいと言って遮った。
黒猫は不思議な顔をしローを見る。


「それ、名前、違う」


溜め息を付きながら言うと黒猫はチガウか?と頭を抱えた。
そんな黒猫に、ローは自分の考えに確信を得るため尋ねた。


「お前、名前、ないか?」


『ナイ…?』


首を傾げる黒猫にローはどうしたもんかと考え込むが、すぐに閃き自分の顎髭を触る。


「ロー、ある。お前、ない。」


自分の顎髭と黒猫の顎を交互に指差して言うローに、黒猫はなんと無くその意味を理解した。
そして恐る恐るローの髭を触ったり自分の顎を触ったりを繰り返す。


『……オナジ、チガウ』


「そうだ。無い、だ」


『ナイ…』


黒猫は少し考えた後、ローを見ながら言った。


『ロー、ナマエ、ある。アタシ、ナマエ、ない』


はっきりと言った黒猫にローはそうかと考える素振りをしたが、すぐに視線を絡ませ頬を撫でながら笑みを浮かべた。


「ルナ」


『…ルナ?』


「あァ、名前だ。名前、ルナ」


黒猫を指差しながらもう一度言った。
暫し固まったままだったが、ローを指差し


『ナマエ、ロー。』


そして自分を指差し


『ナマエ、 ルナか?』


と首を傾げた。
ローはあァと言って、何回目だと自嘲しながら頭を撫でた。









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