黒猫
□第6話
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黒猫がハートの海賊団に連れられて2日目。
朝と言うには少し遅い時間にふと目が覚めたローは、隣に視線を向ける。
すると昨日と変わらず、黒猫はローをじっと睨んでいた。
「よォ。流石に飛び掛かるのは諦めたか。
……それよりお前、寝てないだろ」
伝わってないと解りつつ、声をかける。
案の定返ってこない返事にフッと笑みを溢しつつ、そう言えば街で見掛けた時より警戒心が強くなり、発語も全くなくなったなと思いを馳せる。
急に連れて来たのと、半分はシャチのせいだなとこの場に居ない人物に少し怒りを覚えながら、顔を洗い食堂へと足を向けた。
食堂に行けばいつもの如く全員食事が終わっており、厨房からはカチャカチャと食器がぶつかり合う音がする事から、コックが洗い物をしてる様子が伺える。
いつもの席へ歩みを進めると近くにペンギンが座っており、無事ですかと笑いながらローに声をかけた。
「俺が怪我するわけねェだろ。どっかのバカとは違う」
言いながら席につけば、後ろからちょっとと騒がしい声が近づいてきた。
「酷いっすよ!それ俺のことでしょ!! 」
朝からギャァギャァと騒がしいシャチに片手をあげると素直に謝ってきたため、漸くコックが出したコーヒーに口をつける。
「で、船長。どうですか調子は」
ペンギンが新聞を置きローに尋ねると、俺も聞きたいとベポも近くに腰を下ろし、身を乗り出し目をきらきらさせながらローを見る。
どうもこれには弱い。
ローは溜め息を付きながら昨日の様子を説明した。
「ロープほどいたんすか、暴れたでしょ」
「あァ。だが朝には治まった」
「でもやっぱりご飯は食べなかったんだね〜…お腹空いてないかなぁ…」
ベポが心配そうに言うと、腹が減りゃ自然に食うだろとコーヒーを啜る。
するとそこへ黒猫の朝食を手にコックがやって来て、食べたかいとローに尋ねた。
「案の定食わなかった。まァその辺は慣れだろ」
コックから朝食を受け取りながら言うと、そのまま部屋へと戻っていった。
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ローは部屋に戻ると黒猫の前に朝食を置き、自分も少し離れた所でソファーに座りながら暫く様子を見る。
食事には見向きもせずじっとローに睨みをきかせる解りきった行動に、特に落胆もしなければ、そのまま読みかけの本に手を伸ばし、その日は1日中部屋の中で過ごした。
そんな日が何週間か続き、ローも必要以上には黒猫には近づかず、構うこともしなかった。
ただ起きた時や寝る前等は必ず声をかけるようにしていた。
━━ある日、いつものように食事と、人肌より少し熱めに温めたミルクを黒猫の前に置き、ローがソファーで本を読んでいた時だった。
最初の数十分は相変わらずローを睨んだまま手をつけなかったが、そのうちに本を読むローの耳にぴちゃ・・・と言う水音が聞こえ、そちらに目を向けた。
するとばっちりと目が合い、黒猫はカップに顔を近づけたまま硬直し、ローをじっと見ている。
ローは微笑を浮かべると何も言わずにそのまま本に視線を落とした。
その様子に黒猫はキョトンとした顔をしたものの、少し経つと今度はしっかりとミルクを飲む音が部屋に響いた。
ピチャピチャ・・・
『(・・・アイツ、イヤなカオしない・・・)』
黒猫はここ数週間のローの様子を思い出しながら、ローから視線は外さずにミルクを飲み続けていた。
今まで会った人間は、黒猫の姿の自分を見れば追いかけ回して殺そうとした。
人間の姿になっても、人間によっては暴力を振るおうとするし、暴力を振るわないにしても嫌な目で自分を見る人間が沢山いた事を思い出す。
しかし、ローは初めこそ攻撃を仕掛け、無理矢理自分を連れてきたり縛り付けたりしたものの、結局は腕以外のロープを解き、何をするでもなくただ傍に居るだけなのである。
そして毎日声を掛けてきて、毎日食事を用意し、食べなくても次の食事の時間には新しい物に替える。
終いには微笑を浮かべるのだ。
拘束している癖に優しくしてくるローがどうしたいのかさっぱり解らないが、害を加えるつもりは無いことはここ数週間で感じていた。
一緒に来いと言っていた事から、理由は解らないが自分を何処かへ連れて行きたいのだろう。
しかしそれが何処なのかは知る由も無い。
もしかしたら優しいのも今だけで、また前の女性みたいに嫌な事をしてくるかもしれない。
だからこそ、黒猫は警戒を解けない。
そもそも人間に気を許す気も無いのだが。
気付くと無くなっていたミルクにカップから顔を離すと、食事に目を向ける。
『(コレナニか・・・)』
食べたことの無いそれに黒猫は躊躇う。
じーっと見たり、匂いを嗅いでみたりしたが、やはり口を付ける気にはならない。
その様子を横目で見ていたローは立ち上がり厨房へ向かった。
『(・・・どスルか・・・)』
空腹は感じているが、決心が付かず食事を見詰めながら思案していると、部屋に戻ってきたローが黒猫に近づいてきた。
一緒に居ても何もしてこないので、前ほど警戒はしなくなったものの、やはり急に近づくと身構える。
近くまで来て同じ目線にしゃがみ込むと、ほらとテーブルの上にいくつかの物を置いた。
「ミルクもうねェんだろ。好きなら飲め。
それと、葉っぱがダメなら、肉なら食うのか?」
ローは空のカップと全く手の付けられていない食事を手に持つと、それを厨房に置くためまた部屋を出て行った。
その一部始終を身動き一つせず見ていた黒猫だったが、ローが去った事に安堵するとテーブルの物に目をやった。
そこには新しいミルクと、美味しそうに焼かれた肉が置かれていた。
その匂いと空腹に我慢できず、ゴクリと喉を鳴らすと、一気にかぶり付きあっという間にたいらげた。