旅の記憶

□貴方のいる風景
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――この店の前を。

平日の、朝と夕方の決まった時間に。
ある車が必ず通る事に気付いたのは、一年位前でした。


「八戒。ロールの生地、ホイロに入った侭だったぞ」

「ぇ。あιすみません!」


デニッシュのトレイを棚に置き振り返ると、三蔵が特に怒っている風でもなく生地を窯に入れていた。

駄目だ。
気になって仕方ない。

時計は7時40分。
あと5分。


「最近どうした。ぼんやりしてる事が多い。考え事か?」

「…いえ、何でもないんです。すみません三蔵」


最初はただ珍しいし目立つから見てた。
それだけだったんです。

あと5秒。
4…3…2……。


準備中でパンを並べかけた店の
大きなガラスの壁のスクリーンを、紅いピカピカに磨き上げられた車が撫でる。


毎朝ここで時間は止まる。


「でも珍しいよな?八戒がうっかりミスなんて」

「新入り…先輩には敬語使えって言ってるだろーが」

「えー。だって八戒はダチだもん!三蔵だってダチに敬語なんて使わねぇだろ?」

「三蔵じゃねぇ店長だ」

焼きたてのパンを棚に並べながら、笑顔で二人のやりとりを眺める。

「いいんですよ三蔵。悟空に敬語はいらないと言ったのは僕なんですから」

「甘やかしすぎなんだよ。その内ナメられるぞ」
「ナメたら甘い?」

悟空の質問に思わず吹き出す。

「あはは、さっき砂糖かぶったから甘いかも知れませんね…ってぅわっはは!くすぐったいですよ悟空」
「おぃてめぇらッ開店準備だ」
『はいっ!』

以前、毎日通るその車に見惚れ、帰りに書店で調べた事がある。

ジャガーのXK8。
真っ赤な、派手ないかにもと言うフォルムのスポーツカー。
ただそんな派手な車が通るだけなら、そんなに気にならないと思います。

ただ…あれはいつだったか。
とにかく夕日が、とても綺麗な日でした。
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