旅の記憶

□貴方と僕の距離
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「おはようございます。朝食、できてますよ」

「んー…今日は休みだろ」

「でもいいお天気なので♪もったいなくて」


窓を開け洗濯物を干しながら、まだ布団でもごもごしている主を起こす。

澄んだ天からは気持ちいいくらいの光が部屋を照らしていた。
寒い日が続いていたから、なおさら。


「お味噌汁、冷めちゃいますから。ほら兄さ」
「八戒」

言い切らぬ内に、いつのまにか僕の背後に立っていたその人に、タオルを広げた僕の腕を掴まれた。

「―…ッ」

呼吸が止まる。
ぱたとタオルは僕の足元に落ちた。


「言った筈だ。次そう呼んだら…」
そう言って言葉を切る。

「あはは、すみません…三蔵」

笑いながらタオルを拾う。手が震える…鼓動が止まらない。



僕と三蔵は、一つ違いの兄弟。
全く似ない…腹違いの兄弟というもので、つい最近、一緒に暮らし始めたばかり。


この止まらない鼓動の訳は…。


別々に生きてきた僕らは、兄弟としてこうして暮らす前に、一度カラダを繋いだ事実から。


「珈琲、入りましたよ」
「ん」

三蔵は「兄」と呼ばれる事を嫌う。
その理由を知っていた。

でもだからこそ僕は…彼を「兄」と呼ばなければいけない気がしている。

…ケジメを付けなければ。


「…三蔵、もうすぐ誕生日ですね。何か欲しいモノあります?」

「…ないな。これ以上は」


読んでいた新聞をたたんで、真っすぐ正面に座る僕の目を見据える。

動けなくて。
目を逸らせなくなる。

「ちょ…ちょっと買い物に行ってきますね。煙草切らしちゃったから」

「…俺も行く」

「…………はぃ」

エスケープ失敗。

正直僕は、今の状況に耐えられそうになくて。


僕と彼は兄弟で。
…血が繋がっていて。


それを知らされる前に、一度だけ身体を繋いでいる。


ただ救いは、僕がまだ三蔵を想っている事を、彼は知らないという事。


「…寒いですねぇ」

「そんな薄着で来るからだ。いい天気とはいえ冬だからな」

「あはは、でもすぐそこ…」

角を曲がった瞬間。
ぴったり背中に感じる体温。

逃げようとする肩を固定され、抱き竦められる。

「――……ッあ」

どんっ。

気付いたら、三蔵を突き放していた。
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